第31話 学園のマドンナは数える

「それで、首尾はどうだった?」


 沢口さんがここにいるということは、予定通りにことが進んだと思うのだが、念のために聞いてみる。


「うん、とりあえずあの二人をムードある場所に誘導して抜けてきたよ」


 沢口さんはそう答えると、サムズアップをしてみせた。


「どういう理由で抜け出してきたんですか、真帆さん?」


 事前の打ち合わせでは沢口さんは後から自分も抜け出すと言っていたが、具体的な方法については語っていない。

 生半可な理由では石川さんはともかく相沢が気付いてしまうので、自然に抜け出せた理由とやらに興味があった。


「うん、お花摘みに行きたいって言ってきたよ」


 怪しまれなかったこと間違いなしとばかりにピースをする沢口さん。


 その言葉に、俺も渡辺さんも顔を赤く染める。花の女子高生が堂々と言うような理由ではなかったからだ。


「それにしても、良い場所だねここ。私も座らせてもらおうかな」


 沢口さんはそう言うと、渡辺さんの横に腰を下ろした。

 俺は顔を前に出し、沢口さんに話し掛ける。


「それで、この後どうする?」


 沢口さんの作戦は相沢と石川さんを二人きりにするということなので、現在進行形で成功している。目的を達したのなら、後はお役御免のはずなのだがその先については決まっていない。


「んー、里穂が告白するかどうかはわからないからねー。一応、こういうケースでは30分が限度。それ以上二人で一緒にいて何も発展しないなら脈無しだから後5分くらいしたら合流しに行こうか?」


 そう言えばそうか。告白しなかった場合、俺たちが戻らなければあの二人はずっとそのまま待ち続けることになる。流石に黙って帰るわけにはいかないよな。


 俺がそんなこと思っていると、


「そ……そうなんですか? 30分……?」


 沢口さんがどこぞで仕入れた男女の恋愛マニュアルを真に受けたのか、渡辺さんはスマホの時計を見ると何やら指を折り、数え始める。

 俺たちがグループを離れてからの時間を逆算して、戻るまでの時間を計算している様子だ。


「また適当なこと言ってるだけじゃないの?」


 渡辺さんが真に受けないように、俺は沢口さんに釘を刺しておくことにする。そんな話は聞いたことがない。


「適当じゃないし!」


「どうだかな、沢口さんはいい加減だから……」


「実体験だからね。これ!」


 ところが、沢口さんはムッとすると言い返してきた。


「そ……そうなのか?」


 今までの冗談とは違い、真剣な顔をしている彼女と目が合う。少し傷ついたような……瞳が潤んで見える。


 そうなると、沢口さんが告白をしたということになる。

 彼女なら大抵の男はウンと頷きそうなのだが、当人の話を信じるなら今彼氏はいないはず。俺は地雷を踏んでしまったのかと思い、顔を歪めた。


「あっ、私の方からコクったりしないよ? あくまで私が振った話だかんね」


 実体験と言ってもそっちの方だったか。確かに、沢口さんは可愛いし、明るくて話しやすいので玉砕する男子も多いのだろう。それこそ、相当な数を振ってきているのだろう。


 俺は今しがた見せた彼女の瞳と傷ついたような表情の意味に気付いた。


「ごめん」


「なんで相川っちが謝るのさ?」


 沢口さんと渡辺さんは不思議そうな目で俺を見てきた。


「いや、振る方も辛いだろ? その話を思い出させて無神経だった」


 いつしか、先輩を振っていた渡辺さんの姿が沢口さんへと置き換わる。真剣な想いに応えられない申し訳なさは誰であれ同じなのだ。

 茶化さなければそこまで話す必要はなく、蒸し返してしまったことを謝る。


「別にいいって。そりゃ、告白を断るのはしんどい場合もあるけどさ、それでも振られる方が傷つくに決まってるんだからさ」


 確かにどちらも辛いのはわかる。いくら気にしないと言ってくれても、俺が無神経だった事実は消えない。


「はぁ、相川っちは本当に面白いよね?」


「えっ?」


「そんな深刻に捉えなくていいの。私はもう気持ちの整理がついてるんだから。今更そんな顔された方が気になっちゃうよ」


「ごめん」


「これ以上、ごめんって言うの禁止!」


 そう言われてしまうと言葉が出なくなる。


「でもまぁ、そんな風に私の立場になって考えてくれるのは、ちょっと嬉しかったかも」


「そうですね、私もそう思います」


 沢口さんと渡辺さんが優しい目で俺を見てきた。


「だってさぁ、振った後に他の女子から『〇〇君を振るなんていい身分』『調子乗ってるんじゃない?』とか言われるんだよ! 私だって好きで振ってるわけじゃないのに!」


 彼女は憤慨して見せた。確かにその通り、誰だって好きで他人を傷つけているわけではないのだ。


「大変だな……」


 俺は渡辺さんと沢口さんに同情するような視線を向けた。


「他人事みたいだけど、相川っちもだからね!」


「うん? 俺?」


 沢口さんからの意外な言葉に首を傾げる。


「最近は相川っち、髪型ちゃんとしてるじゃん。この前会った時もそうだったしさ」


「この前……会ったんですか?」


 沢口さんの言葉を拾い上げ、渡辺さんが目を大きく開き俺に確認をしてくる。


「ああ、図書館で勉強していたら、沢口さんから電話が掛かってきてね。今日の花火大会に誘ってきたんだよ」


「そ、そうだったんですね!」


 渡辺さんは納得すると引き下がる。そんな俺たちのやり取りが終了すると、沢口さんはベンチから身を乗り出し俺を目を合わせながら会話を続けた。


「あの時も、結構店の中の女の子たち、相川っちのこと見てたからさ。ちゃんとした格好をしている相川っちは格好いいんだから、自分だけは告白されないとか考えない方がいいかもよ?」


 それは初耳だ。確かに視線を感じはしたが、あれは沢口さんを見ているのだと思う。読モをやるくらいにスタイルも良く、センスが良い服を着ているのだから目立っていたのだろう。


「またまた冗談を言う」


 俺は彼女が場を和ませるための冗談を口にしたのだと判断した。


「相川っちって、自分のこと客観的にみれてなくない?」


「それが、相川君の良いところではないでしょうか?」


 女子二人が顔を寄せ、何やらヒソヒソと会話をしている。その白けた視線に俺はちょっと傷ついた。


「まあ、俺なんかを好きになる女子はいないだろうから平気だって」


 どちらかと言えば俺は振られる側の人間。

 そもそも、わかっている側なので、ちょっと親し気に話しかけられたり思わせぶりな態度をされたところで自制心が働くのでむやみやたらに告白したりはしない。


 その辺は、一般男子生徒よりも人間強度が高いので安心だ。


 だからこそ、沢口さんとも渡辺さんともいまだに交友を持てているのだろうと分析している。


「っと、そろそろ戻ろうか?」


 沢口さんが腕時計で時間を確認する。気が付けばちょっと長く話し込んでしまっていたようだ。これ以上、相沢と石川さんを待たせるわけにもいかないだろう。


 俺たちがベンチから腰を浮かせ、合流場所に向かおうとすると……。


 ――ブブブッ――


「ごめん、ちょっと待って」


 俺のスマホが振動する。どうやら誰かからメッセージが届いたようだ。

 俺はポケットからスマホを取り出し、内容を確認する。


 相沢:悪い。先に帰る



 そこには、相沢からのメッセージが表示されていた。

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