第10話 学園のマドンナは歓声を受ける

「へい、相川こっちにパスッ!」


 相沢の指示が聞こえ、俺はドリブルを止めると右手でボールを押し出しパスをする。


「おっと、結構いいパスするじゃないか」


 ボールを受けた相沢は、ドリブルで切り込むとレイアップシュートを放った。


「「「「きゃああああああああああ」」」」


 女子生徒の黄色い歓声が聞こえる。


「ナイスパス!」


 戻ってきた相沢が右手をあげハイタッチを求めてくるので、俺は恥ずかしさを感じながらもそれに応じた。


「さあ、皆。このまま一気に勝利を決めようぜ」


「ああ。勿論だ!」


 他のクラスメイトの目に炎が灯っている。相沢ばかりに美味しいところを持って行かせないとその目が語っている。

 なぜ相沢が、他のクラスメイトがそこまで燃えているのかというと、今日が球技大会だからだ。


「男子たち頑張ってーー!」


「おう! 任せとけ!」


 学園に入学して二カ月半、そろそろクラスでの立ち位置が決まり、人間関係が定着してきた。

 趣味が合う同性だけのグループもあれば、男女混合グループもある。


 球技大会というのは、これまで勉強でしか自分をアピールできなかった生徒の意外な運動神経をクラスの内外にアピールするチャンスでもある。


 特に、異性に意識して欲しいと考える男は多く、女子が応援に来ているからと張り切ってしまうのは仕方ない話だった。


「ほら、相川。パスだ!」


 そんなことを考えながら試合をしていると、相沢からパスが飛んでくる。加減をする気がないのか、ビシッと手に衝撃が加わるのだが、このくらいの強さは釣りをしていればたまにあるので問題ない。


「絶対に止めてやらぁ!」


 敵チームの生徒が目を血走らせて突っ込んでくる。初回の対戦相手は同じ学年なので、彼もここで栄光を勝ち取り意中の相手にアピールをするつもりなのかもしれない。

 そう言うことなら、成就させてあげようかとも思ったのだが……。


「相川、抜ける!」


 ボールを右手に持ち切り替え、ドリブルで抜く。


「うわっ!」


 俺が急に回避したことで、彼はバランスを崩して倒れてしまった。そんな姿を横目に、俺はゴールを見据え、ワンハンドシュートを放った。


 バスケットボールは弧を描き、綺麗にリングへと吸い込まれ「パスッ」と音が聞こえる。綺麗にシュートが入った時のこの音は嫌いではない。


「くそっ! 相沢はともかく、あんな目立たないやつまで強いなんて!」


 中々失礼なことを言われる。無理もない、普段からあまり目立たないように振る舞っているし、向こうにしてみれば俺は相沢の腰ぎんちゃくにでも見えているのだろうか?


 ともあれ、今のゴールで流れが決定的に傾いたのか、その後も相沢が俺や他のメンバーにパスをしつつ自分も決めるという活躍っぷりで一回戦を圧勝した。




「お疲れ様!」


 試合を終えて体育館の片隅に戻ると、そこにはクラスメイトがたむろしていた。


「相川君って運動できたんだね。ドリブルで鮮やかに抜いたのみて凄いと思ったよ」


 委員長が話し掛けてきた。


「そうかな、あのくらいは普通な気がするけど」


 敵チームの男子が女子に良いところを見せようとして気負いすぎていただけで、たまにしか運動しない俺にしてみれば褒められるようなことではない。

 委員長との会話を切り上げ、体育館を見回していると……。


「美沙ちゃん、ファイト!」


 異様に観客が多く、盛り上がっている試合があった。

 球技大会室内部門は男子がバスケットで女子がバレーだ。


 俺が視線を向けた先ではバレーが行われていて、ちょうど渡辺さんが試合をしている最中だった。


「すご……あっちも盛り上がってるね」


 俺が試合を見ていると、委員長が話し掛けてくる。


「それにしても、観戦している男子のほとんどが渡辺さんを応援してる……、ってうちのクラスの男子もいるし」


 相変わらず渡辺さんの人気は凄いらしく、野郎どもを中心に応援団ができている。


「私だったら、あんなに見られたら緊張してミスする」


「それは同感だな」


 人の期待を背負った状態では身体が硬くなるのでミスをしてしまう。そう言うのが苦手なこともあって、なるべく人の目を引かないようにしているのもあるのだ。


「でも、渡辺さんは平気そうだな」


 彼女は元々人目を惹くタイプだし、人気者だ。

 小学校、中学校と同じように過ごしてきたのだろうからこういう歓声には慣れているのだろう。


 敵チームも歓声に飲まれてやり辛そうにしているようで、苦い顔をして息を切らしている。


「美沙ちゃん、ナイス!」


 また彼女が決めたようで、一際大きな歓声が体育館に鳴り響いた。

 今打ったスパイクも中々の威力だった、もしかすると手首が割と強い?

 釣りに向いているなと考える。


「相川、次あそこでうちのクラスの女子が試合だから移動するぞ」


 応援してもらったからにはこっちも応援をする。律儀なことだが、こういうところが女子にモテる秘訣なのだろう。

 他のクラスの女子に気をとられている男子に対するうちのクラスの女子の視線は中々に厳しい。


 俺も気を付けなければと考えていると、ちょうどバレーコートの後ろに到着した。

 現在、俺は体育館に出入りする解放口に立っている。


 ボールが出て行くのを防ぐため、ネットで仕切りがされているのだが、ここから彼女の背中が見える。


 正面側には、多くの男子生徒が立ち彼女に自分をアピールしているのだが、試合に集中しているのか見向きもしていないようだ。


「やっぱ、あの中だと渡辺さんがダントツだな」


 相沢がヒソヒソと告げてくる。

 プレッシャーを跳ね返し、周囲の期待に応える姿は、確かにこの試合に参加している女子の中で……、いや学園全体一番輝いている。


 彼女の動きには淀みがなく、無駄に力が入らず、自然な状態で試合を一方的に進めていた。


「おっと!」


 そんなことを考えていると、軌道が大きく外れたのか、バレーボールが飛んできた。


「すみません、ボールを取ってもらえ……」


 ボールを拾い上げていると、渡辺さんが駆け寄ってきてボールを受け取ろうとする。


「ああ、これ」


 ここで話すわけにもいかないので、俺は平坦な声を出し、彼女にボールを渡してやる。


「あ、ありがとう。ございます」


 いつもながらの、丁寧な御辞儀をして彼女は試合へと戻って行く。その態度はどこか不自然で、釣りをしている時とは違い違和感を覚えた。


「せっかく、学園のマドンナと話すチャンスだったのに勿体ねえな」


「いや、試合中だからそんな暇なかっただろ?」


 相沢が何か言っているが、もしここで会話をしようものなら正面の男子連中から何をされるかわからない。

 そんなことを考え、試合を見ようと視線を戻すと……。


「美沙ちゃん、ドンマーイ」


 渡辺さんが床に足を付いていた。


「何か、急に動きが硬くなったきがするな?」


 相沢が眉根を寄せ、怪訝な表情を浮かべる。


「たまたまだろ。どんなスポーツ選手だって好不調の波があるもんだし」


 転んでしまい、恥ずかしそうに笑う渡辺さんを見ながら、俺はそう答えた。

 

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