第36話 コラボがしたい

「ライブをしようとは思ってなかったんだけど。ねぇ?、いっくん」


「意図せず人が集まって来ちゃったっていうか…ね?」



煮え切らない態度で罰が悪そうにする二人に詰め寄ると、拓馬は唇を噛みしめて目を輝かせた。



「ああ、もう最っ高でしたっ」



てっきりお説教されるものだと身構えていた二人は、意外な言葉に目を瞬かせた。



「学校飛び出して来て大正解でした。祐さんとニックも緊急招集して、咲さんにもう一度演奏を聞いてもらいましょう。次こそは絶対咲さんも心揺さぶられます」



自信たっぷりに、そして饒舌に話す拓馬に熱い視線を送られながら樹と志音は顔を見合わせて照れくさそうに頬を掻いた。



☆ ☆ ☆



 土曜の昼時だと言うのに、間もなくメンバーが集まった。どこかに出かけるわけでもなくみんなそれぞれ自主練に励んでいたおかげで、拓馬からの連絡を見てすぐにここへ向かうことが出来たのだ。



「ニックバス乗り損ねたから少し遅れるってさ」



 あれから気まずくなり連絡も取り合ていなかったメンバーは、どこかぎこちなくお互いの様子を窺った。心なしかみんなつきものが取れたようなさっぱりとした表情をしている。

 幸人さんの言ったように、あの日あの場所それぞれに何があったのか、どんな思いがあったのかは俺にはわからない。だけど、今ならこのバンドは前に進めると確信した。



「あのさ」



誰も何も言い出せずにいた中で、一番に口火を切ったのはやはりムードメーカーである樹だった。



「俺、昔色々あってさ。それで本気で何かするの嫌になっちゃったんだけど、これからはみんなと本気でバンドやりたいんだ。その…いい、かな?」



今まで見たことがない、人の顔色を窺うような樹の不安げな表情。それを見て祐は静かに頷いた。志音もスタジオを飛び出したこととニックに酷いことを言ったことを謝り、これでバンドメンバー内にあった蟠りもなくなってサキは安堵する。

(バンド、崩壊しなくてよかったなぁ)



「昔色々ってなんですか」



相変わらず鋭い拓馬の問いに、もういつもの余裕そうな態度に戻った樹が「内緒」と答える。反対に「拓馬はどうするの?」と質問を返した。どうするの、とは彼が楽器をやるかどうかについてだろう。



「僕は…楽器、やってみたいです。けど同じくらい今の役割も好きなので、答えを出すことに焦らずもっと悩んでみようと思います」


「もし楽器始めるなら力になるからいつでも頼ってね。ツテで安価で手に入れられると思うから」



片目をつぶって手でグッドサインを作る樹に続いて志音も「試しに色んな楽器に触ってみたかったらうちにおいで」と微笑みかけた。



「俺はギター専門だけど、ベースも教えられることには教えられる。あとは…小さい頃にバイオリン習ってたからそれも一応教えられなくはない」


「みなさん…ありがとうございますっ」



拓馬も拓馬でサキに言われたことについてじっくり考え、そして自分なりの結論を出していたらしい。

 場が和んだところに遅れていたニックが到着した。その手には沢山の湿布と包帯、指に絆創膏までしていて、ボロボロ、と表現するのがぴったりな有様だった。



「その手どうしたんですかッ」



慌てて駆け寄る拓馬。他のメンバーも心配そうにその手に注目していると、ニックは気まずそうに両手を後ろに隠した。



「バンドのメンバーとして、私にはこれくらいしか出来なくて」


「だからってこんなになるまで…?」



彼のボロボロになった手をそっと取って見つめる樹。



「俺にもわかるよ、その気持ち。父様や母様に追いついて、まず対等に話を聞いてもらえるレベルに到達するためにがむしゃらにピアノを練習した」



けどね、と志音は目じりを下げる。



「俺たちはそんな歪な関係じゃなくたっていいんだよ。同じバンドの仲間として、言いたいことは言っていい。でも言いずらくしていたのはきっと俺だろうね。悪かったよ」



 もうこのバンドは大丈夫だ。

 ソロじゃない以上メンバーとの仲違いや意見の食い違い、引き抜きなどでバラバラになるのをサキはこれまで幾度となく見て来た。

 だけどここにいる彼らはもうそんな困難が立ちはだかっても、そうなる前に話し合い心を一つに戻すことが出来るだろうとサキは感じていた。

 胸にグサグサと刺さるようなことを言われ逆に火がついたメンバーは、早速サキに演奏を披露した。歌詞を覚えていた拓馬は樹に誘われて一緒になって歌っている。

 先日のものとは比べ物にならないくらいいい演奏になっていた。サキは思わず立ち上がり、掌が痛くなるほどの拍手を彼らに贈る。



「凄い、俺だけ聞いてるのがもったいないくらいだよ。今すぐもっと沢山の人に聞いてもらいたいって思うくらい良かった」



頬を紅潮させるサキを見て、メンバーは満足そうにハイタッチを交わしたりハグをしたりして喜びを顕わにしていた。彼ら自身も今までにないような達成感と高揚感があったということが見て取れる。

 そんな彼らを見てサキも、初めて満足のいく曲を演奏し終えた時の熱が再燃して、思わず顔がにやける。



「次のライブ、いつやるの?」



その一言で、自分たちの演奏を聞いていて色々な考えが浮かんでいたメンバーはそれを一斉に口にした。



「この演奏ならいつもよりお客さんが来てくれるな、絶対」


「なら今まで断念していた大きなイベントに参加してみないかい?」



興奮している祐にそう提案する志音。



「それなら今よりもっと練習しないといけませんね。樹もそう思うでしょ?」


「そうだね。俺は今までサボってた分みんなの倍頑張らないとまずいかも」



バチをクルクルと回すニックに、同意するように樹が意気込む。



「近々開催されるイベントは既に出演者の応募を締め切っていますね…。いや、待ってくださいもう少し調べてみます」



携帯端末でイベント情報を虱潰しに検索していく拓馬の背後から画面を覗き込んでいた祐がふと「あのさ」と顔を上げてその場にいる全員を見回した。



「俺は咲たちとコラボがしたい」



 祐は俺の抱えている事情を知っている。マネージャーにみつかったらだめなのに、そんなイベントなんかに参加したらみつかりにいくようなもの。

 リスクを承知の上でそれでもその願望を口にした祐に対して「マネージャーにみつかるから」などとは言えないよね。

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