第17話 面接いつ?
「ライブの時にメイクするからね。その方がかっこいいってニックが言うから」
「じゃあニックから教わったんだ?」
いや、と頬を掻きながら明後日の方向に視線を彷徨わせる樹。
「朝起きるとその…、大体彼女が横でメイクしてるからね。見てたらなんか覚えちゃって」
「付き合った 女を見ては 学び得る 何パターンもの メイク術」
季語なし字余りの短歌を真顔で詠う祐に、返す言葉もないといった様子の樹は眉をハの字ににして
「女タラシめ。いつか刺されるぞ」
「いつも穏便に別れてるから」
顔をしかめる祐を他所に、樹はサキに渡されたポーチからメイク道具を取り出して広げた。
「咲君に似合いそうな感じでやるね。人にメイクするのは初めてだから手探りだけど」
「お願いします」
数十分後に出来上がった自分の顔に、祐だけでなくサキ自身も驚いていた。祐に「いつものメイクはメイクじゃなくて塗り絵だな」と言われてしまうほど、自分のこれまでのメイクの実力は酷いものだったのだと改めて実感する。
「気に入った?」
「これで…店長にも怒られない」
「ならよかった」
メイクの手順を教わって、月曜日までに頑張って覚え習得する必要がある。
早速練習を始めようと、まずお手本として今の顔面を祐に写真に収めてもらう。それから化粧を一旦落とし、今度はさっきのメイクを自分で再現するためにファンデーションや必要なベースを樹に教えてもらった通りに塗っていく。
まだ細かな部分の練習が必要なものの、ここまでは驚くほど順調だ。一抹の不安を覚え行動に移せないでいても埒が明かないので、最後に最難関のつけ睫毛を手に取る。
[ ネビュラ SIDE ]
ネビュラもまたサキと考えることは同じで、住まわせてもらうからにはとバイトを探し始めた。愛手のバイト先の人手が足りないとのことで、一日お試しで働くことになった。そのネイルショップは今SNSで話題になっているらしく、そんなところで宇宙人が働いて大丈夫か?と感じていたネビュラだったが…
「ここの職員みんな宇宙人だから大丈夫だよ」
(マジか)
宇宙人が経営している店が話題になって大丈夫なのだろうかと新たな不安を抱くがそれはさておくことにした。
器用なネビュラは人にネイルをするのも難なくこなし、むしろ少し楽しくなっていた。
しかし、そうでなくとも話題の店。「超絶美形がいる店」なんて書かれて写真をネットにでも投稿され話題になってしまったが最後、関マネが飛んできてしまうだろう。そう考えて幸人さんたち以外の前では変装しているのだが、ネビュラはどんな服を着ていようが男だろうが女だろうが人を惹きよせてしまうようだった。
「凄いね波人君」
「こりゃちょっと危ないかもな」
次に愛手に紹介してもらったところも、その次のところでもネビュラは同じように目立ってしまった。
疲れ切ってシェアハウスに戻り、間を開けると動けなくなりそうなので一番に風呂に入らせてもらう。
「大スターが天職ってことがよくわかった数日だったな…」
呟いたネビュラは幸人に使うよう勧められていたシャンプーで髪を洗う。
一般的な職場では目立ちすぎて仕事にならないことに愕然としてしまう。SaturNとして活動を始める前からその気はあったが、ここまでになっているとは。普段SaturNでいると、どちらかと言えばサキの方がファンが多いから、すっかりこの面倒な自分の性質について忘れていた。
(明日も根気よくバイト探すしかないか)
気を取り直し髪を流し終えたところで、風呂の扉が急に開け放たれた。
「…」
今帰って来たと思われるパンツスーツ姿の満美ちゃんと目が合う。
「思ったより…いや、何でもない。参考になった」
何事もなかったかのように扉を閉められしばらくフリーズしてしまう。
「は、はぁ?」
(何だよ「思ったより」って)
赤面したネビュラは湯船もろくに浸からずにタオルを巻いて浴室を飛び出す。
「あら、いい体つきじゃない」
「もっとゆっくり入ってても良かったのに」
共有スペースである居間でのんびりドラマを見ている幸人さんと愛手に構う余裕すら失っていて、ちゃぶ台で一人酒を始めようとしている満美ちゃんを問い詰める。
「何で開けた?」
「愛手に聞いたら波人風呂入ったって」
そうじゃない、そうじゃないだろ。そう聞いたら風呂場の扉はおろか、脱衣所の扉も開けないだろ。
「参考になったってなんだよ。怖えよ」
それはあたしから説明するわ、と幸人さんがソファから振り返ってこちらを向いた。
満美ちゃんの星は女性が大半を占める。自然と女性同士カップルになるのが一般的だが、それでも男性との結婚に憧れる人も一定数いる。そこで自星では結婚相談所に務めている彼女は男性調査を行うために地球に派遣されたらしい。
そこで幸人さんと出会い、そのまま地球に移住している。相談所には時々戻って報告をしていると言う。
「驚かせて悪かった」
なぜそんな際どい調査が行われているかと言うと、あまりに性質が異なる
そうならないために満美ちゃん達が詳細なことまで調査しているらしい。
「波人が友人だったから調査させてもらった。誰にでもこんな危険なことをするわけじゃない。そんなことをしていたら私は今頃逮捕されてるよ」
「俺に許可を取れよ許可を…それにあんなに堂々と見なくたって…」
「大丈夫だ」
「何が」
「私は男の身体に全く興味はない。コンクリートの壁を眺めるのと同じようなものだ」
思ったよりとか言われた挙句、コンクリートと同一視され、流石に傷つく。
やるせない気持ちのまま扇風機のスイッチを押し、自分の目の前に設置する。髪を乾かしていると、珍しく満美ちゃんが持っている資料とにらめっこしながら唸っていた。
「その資料、仕事か?」
「ああ、ちょっと手こずっていてな。人手も足りないし酒飲んでないとやってられん」
「お疲れさんだわ」
リモコンを握りしめてスナック菓子を摘まんでいた愛手の耳がピクリと反応する。
「その人手、バイトで募集しないの?」
「そのつもりだが?」
愛手の意図に気がついて満美ちゃんに向き直る。
「面接いつ?」
「???」
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