第18話 自分の曲と歌で

 翌日、満美ちゃんについて彼女の勤務する会社へと向かった。

 社内から出ない仕事なら聡介やSCTにみつかる可能性も大分低くなるとはいえ、かなり思い切ったネビュラ。

 流石にいつもの格好ではまずいだろうと思って幸人さんにスーツを借りたけど…。



「お前の職場大企業だな」



しかも本社。今までよく宇宙人であることを隠してやってこれたもんだ。



「問題ない」


「俺そんな顔に出てた?」



この会社の会長の妻は満美ちゃんの星出身らしい。彼女の本職である結婚相談所を利用した一人なのだと説明される。



「私はその頃まだ学生だったがな。今でも相談所内では有名なご夫婦だ」



結婚相談所に出来ることはどの星のこの人間が健康で何も問題ありません、という情報提供までだ。実際に現地に赴き地球人のフリをしてアタックするのは相談所を利用した本人たち。

 審査官に地球での戸籍をもらえれば、初めから地球人だったということで永住することも可能だから大体は宇宙人であることを隠して結婚する人が多いらしい。わざわざ宇宙人であることを明かすリスクを背負う必要はないのだ。

 けれど件の会長の妻は、結婚が破談になることを覚悟で宇宙人である自分の素性について明かした。それを寛大な会長は受け入れ、理解してくれたそうだ。



「なるほどな」



 納得するネビュラの綺麗な顔に見向きもしないほど、社員は忙しくしていた。

 満美ちゃんの後輩二人が面接を行っていると言うので、早速二人に空いている会議室へと案内される。



「頑張れよ」



背中にかけられた励ましの言葉に「あんまり俺に興味ない人達だといいんだけど」とネビュラは苦笑した。惹きつけてしまったらこれまで諦めてきたバイト先の二の舞だ。

 それをわかっている満美ちゃんも苦笑して、他の社員同様オフィスで行き来する往来の中へ消えていった。







 面接を終えて社外に出る。

 面接官は見事に女性だけだった。社員全体を見ればそんなことはなかったのに、満美ちゃんが唸り声を上げながら眺めていた資料にあった企画に参加しているのはみんな女性社員なようだ。



「あーあ、落ちたわ」



バイト探しが本格的に嫌になっていた。不採用の理由は多分あの面接官の耳打ち。



『まずいわ、この子美しすぎる』


『みんな見入っちゃって仕事にならないわね』



 ネビュラの住む星に生きる者は五感が優れている。小声の囁きも彼には聞こえてしまう。

(俺が俺でいる限り、出来ることが制限される)

前にもこんなことがあった。それはいつだっただろう。




☆ ☆ ☆



――そうだ、あれはまだ中学生だった時。



『カメロパルダリス君、だよね?』



 この顔で得することも多かったけど、損することも同じくらい多かった。

 器用だから、上手くやれているつもりだった。この容姿で反感をかわないように、誰とも当たり障りのない関係を築いていた。

 広く浅く。

 本当の自分は別にあるのに、この顔から得るみんなの先入観に比例するキャラを演じていた。イメージ通りでないと、勝手に失望されたり勝手に怒鳴られたりしてとにかく面倒なことになる。それが嫌で、本当の自分はしまい込んでみんなの望むネビュラ・カメロパルダリスを演じ続けていた。その結果…



『辛そうだね、大丈夫?』



知らないやつに心配されるほどにまでなっていたらしい。

 サキは塗り固められて普段は顔を出す事のない本当の俺を最初から見抜いていた。

 あいつは教室の端にいて、同じクラスだってことを認識するまでにかなり時間を要したくらい存在感がなかった。

 そんな薄情な俺とは正反対に、あいつはずっと俺のことを見ていたらしい。



『カメロパr…、ネビュラ君って呼んでいい?』


『ご自由にどうぞ』



最初は人の懐にずけずけ入って来るサキが苦手だったけど、本当の俺を見抜いているあいつには変にキャラを繕わなくていいのは楽だった。

 サキがネビュラについて回るようになってから、サキの悪意なくはっきりものを言うところにネビュラは好感を持った。

 元々家族の影響でギターやベースを触ったことがあったネビュラは、部活感覚で放課後サキのギター練習に付き合っていた。

 二人で過ごす時間が長くなるにつれて、サキがギターを演奏する目的を知ることになった。



『文明が発展してる星のやつだからとか、あの星出身のやつだからとか、そんなのはどうでもいいって思うんだ。目の前にいるその人自身を見て、お互いを知って尊重出来ればいいのに』



サキは誰かが誰かを否定して突き飛ばすような世界ではなく、誰かが誰かを認めて支え合えるような世界を望んでいた。

 人と人とが優しい繋がりを持てる可能性を、自分の曲と歌で引き出したい。そしていつか世界が円を成すように、呼吸するのと同じように人と人とが手を取り合えるような優しい世界になってほしい。

 それがサキの、音楽を通して叶えたい夢だった。

 あまりにも大きすぎる夢に、現実味がないと俺はいつも話半分に聞き流していた。それどころか何度も聞かされているうちに、鼻で嗤って皮肉ったこともあった。



『自分の惑星のやつ同士でさえ難しいことなのに、それが異星人ともなったら大変だな』



そう言われることがはなからわかっていたかのように、サキは優しく目を細めた。



『綺麗事に聞こえるよね。当然大変だし、時間はかかると思う。こんなに難しい夢、叶うとも限らない。でもね、やったら変わるかもしれないこともやらなかったら絶対に変わらないでしょ』



サキはその理想と自身の気持ちを歌で伝えたいと思った。だから楽器を始めて、歌も歌うようになった。音楽は宇宙共通、音楽の前ではみんな同じ気持ちでいられるから。

 アイドルとかよくファン同士でもめてるじゃん。そんな風にむしろ悪化するかも、なんて意地悪も言ったっけ。



『確かにファン同士での仲違いは良く聞く話だ。けど、同じものを好きになれる人たちなら、いがみ合わずにいられる可能性だってゼロじゃないはずだと俺は思う』


『…他人に夢見すぎだろ』



 そんな夢、とばかにしている部分がなかったとは言わない。サキの語る理想に、いつも噛みつくように反論していた気がする。けど、それが繰り返されてもサキはめげなかった。自分の夢を燃え続ける心に大事に宿して、絶対に手放さなかった。

 いつしか夢を原動力にして動いているサキは、一度塞いでしまったネビュラの心を開いて同じ炎を灯した。

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