第19話 いいんじゃね?

 あの時初めて、俺からあいつに歩み寄ったんだったな。



『ネビュラ君の言うことも最もなんだけどね。叶わなさそうな夢追いかけてる自覚はあるし』



その日はいつもと違って、少し弱気な言葉をこぼした。サキ自身、自分の抱く夢に対して自信があるわけではないようだった。

 今思えばあの時のサキは、夢を諦める口実が欲しかったのかもしれない。夢を追い続けることがどれがけ苦しいことなのか、今の俺ならわかってるつもりだ。あの時俺がいつもみたいにサキの夢を否定していたら、サキは「そうだよね」なんて言って夢を諦めていたかもしれない。宇宙的な人気を誇るSaturNのサキ・トーラスは誕生しなかったかもしれない。

 しかし、サキの予想を裏切るかたちで中学生のネビュラは飄々と告げた。



『人に夢見させといて弱き気なこと言うなよ。いいんじゃね?、叶わなさそうな夢追っかけるあたり超かっこいいじゃん』



 学校に行くのはいつの間にか一緒に活動するためで、それでも足りなくなった二人は休み時間、休日、長期休暇でも活動をしていた。

 楽しいバンド活動の日々を通して、いつの間にかネビュラにとってサキは自分を一番理解してくれる唯一無二のかけがえのない親友になっていた。それは嬉しいことにサキも同じだった。



『俺の夢、出来るならネビュラ君と叶えたいな』



ある時そう言ってはにかんだサキに、俺はその場ですぐ頷けなかった。

 俺には覚悟がなかった。

 今まで器用に何でもこなしてきたけど、何か一つのことを真剣に続けたことなんてなかった。本気なんて言葉は、一番自分には縁遠かったとさえいえるほどに。

 だけどサキと活動することは思いの他楽しくて仕方がなくて、初めて本気を出してやってみたいと思えた。

 サキの足を引っ張ってしまうとわかっていたけど、サキの夢を最後まで自分も一緒に追える自信と覚悟は出来た。だから



『俺も』



出した答えをサキに伝えたのは、サキに一緒に夢を叶えたいと言われてから半月ほど経ってしまってからだったけど、サキは耳を疑ったように『ほんと?』と嬉しそうに聞き返してきた。



『一応言っておくけど、前にお前が言ったことに対する了承じゃない。お前とその夢一緒に叶えさせてほしいって俺からのお願いだ』



お前の隣に立たせてほしい。

 そんな恥ずかしい台詞、生まれてこの方誰にも言ったことがなかった。だけど、今自分が言わなきゃサキの隣にはいつか別の奴が立つだろう。

 サキの夢は絶望的にも思えるのに、なぜか惹かれるものがあった。それはサキ自身が、手を伸ばす夢の中でもう走り出していたからなんだと思う。

 もしサキの隣が俺じゃなくて別のやつって考えると、なんだが嫌だった。サキの夢を一緒に叶えて、一緒に喜ぶのは俺でありたかった。

 二人で本気で夢に向かってやっていく覚悟を決めてから、ネビュラは相当な努力をした。ネビュラの楽器の演奏技術は中の下程度からのスタート。到底サキの演奏技術には及ばず、いつかプロとしてデビューを目指すことを考えると現時点での演奏ではサキでさえもまだレベルが低いと言えた。

 まずはネビュラの基礎力を上げるための特訓を始めた。

 サキの作った曲を弾けば、『その弾き方好きじゃない。もっとこんな風に…』と手本を聞かされて、サキが書いた歌を歌えば『何も伝わってこないよ』と落胆された。

 そんな風に指摘されるのにムカついたこともあったけど、サキが夢のために自分の何倍も努力していることを傍で見ていて知っていたし、何より俺のために〝指摘する〟という嫌な役回りを引き受けてくれているのだとわかっていたからこそ逃げ出さずに頑張り続けることが出来た。

 サキがいない自宅でも、ネビュラは一人練習を繰り返した。整理整頓されていた自室は楽器や楽譜で溢れかえり、掃除より演奏の改善に気が常に向いていた。

 ネビュラがサキのレベルにやっと追いつき始めた頃から、路上ライブで歌うようになった。

 幼い頃から音楽を愛していたサキは友人といるよりも、音楽に触れている時間の方が楽しく一人で過ごしていることが多かった。ほとんどの学生が友達と遊んでいる時間、サキはずっと取り憑かれたように作曲や作詞をしていた。だから、人に披露出来る曲のストックは膨大だった。

 道端での小さなライブを繰り返すうちに、路上では通行人の迷惑になってしまうほど沢山の人に足を止めてもらえるようになった二人は、特定の会場で演奏をした方がいいと意見がまとまった。

 それからはネビュラのコミュニケーション能力が功を奏し、ネビュラの友人のツテでそれなりの大きさの箱でライブが出来るようになった。

 スタッフとのやり取りはサキよりもネビュラの方が得意だった。

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