第20話 満美さんの恋人ですか?
SaturNというユニット名をつけたのはそれから数年後、無所属だった俺たちが大手の事務所に入ってからだった。自分たちの活動がこんなに早くここまで大きくなるとは思っていなかったから、慌てて考えたことを今でもよく覚えてる。
土星はその円盤が繋がっている。そんな風に誰かと誰かを繋いで、世界をひとつの輪に出来るような存在でありたいと願ってサキがつけたユニット名がSaturNだった。SとNを大文字にしたのは、サキと俺の名前の頭文字が丁度そのアルファベットだから。
ファーストアルバム発売に向けた収録にラジオにテレビ出演と生活は多忙を極めたけど、夢に近づけた気がしてどんなに疲れても嬉しさの方が勝った。
マネージャーとしてついてくれたのが関マネで、彼にはわがままや迷惑を散々かけながら、それでも俺たちの気持ちを汲んでくれる優しい人だったから上手くやって来れた。
そう優しい世界ではなかったから嫌がらせも受けたし、何かを決断する時は二人だけじゃなくて事務所の人にも許可を得なきゃいけなくなって不自由にはなったことも多かったけど、どんなことがあってもサキが曲を作るその手を止めたことはなかった。あいつの負担を少しでも減らすために俺も作曲に挑戦して何曲か作ったこともあった。
だから思いもしなかった。
サキが曲を書けなくなるなんて。
サキが泣き笑いした顔で「曲が書けなくなった」と告げてきた時は正直怖くて仕方がなかった。
しばらくサキの代わりに曲を作っていたけど、ペンを執れなくなったサキにもついに限界が来て『地球行かない?』と力なく逃亡の提案をされた。
☆ ☆ ☆
こうして地球に来ればサキも少しは息抜きが出来ると思ったけど、世間を騒がせている宇宙戦争の話題が完全に消えない限りサキは曲を書けないだろう。宇宙戦争は人が人を尊重しない、手を取り合うのではなく伸ばされた手を払い退け命を奪い合う行為だ。それとは真逆の夢を持っている俺たちにとっては辛い現実だ。
特にサキには。
SaturNとしてこれまで駆け抜けて来て、それなりに人の心を一つに出来た自負があった。宇宙的人気を誇るにまで至った俺たちは、もしかしたら人々の心はもう一つになったのかもなんて夢を見てしまっていた。
だけどサキが曲を書けなくなる数日前に宇宙戦争が開戦されたとニュースでも大きく取り上げられた。幸い俺たちの星は戦争に巻き込まれずに済んでいたが、ライブに来てくれたファンの子たちの中には戦争が行われている星から来ている子もいたとニュースで報道されていた。
この夢を抱いた日から、何一つ世界は変わってなんかいない。野蛮で、優しくない。きっとサキは一連のニュースを目にした時、絶望しただろう。
それだけ俺たちは順調にやって来れていた。上手くいっていると思っていただけに、突きつけられた現実へのショックは大きかったのだろう。サキの手を動かせなくさせるほどの威力があってもおかしくはないのだ。
(どうにか立ち直ってほしいところだけど、俺にはどうしてやることも出来ないのが歯がゆいな…)
ふと周囲が騒がしくなって、追想から徐々に現実に引き戻される。会社の出入り口を見ると、後輩社員と思しき女性たちに囲まれた満美ちゃんがいた。凛としていて一見クールで冷たい印象を受けるが、少し微笑んだだけでそれは女神が微笑んだかのような破壊力があった。
そんな彼女に女性社員もメロメロらしい。
「先輩、今日は私と二人でお昼食べましょうよ」
「ずるい、先輩を独り占めしようとするなんて」
「悪い、今日は先約がある」
擦り寄って来た子猫を撫であやすような優しい声音で断ると、俺の方へつかつかとヒールを鳴らしながら歩み寄って来た。
「待たせたな」
「全然。それより、いいのか?」
満美ちゃんの背中を名残惜しそうに見送っていた女性社員たちは目を輝かせて走り寄って来た。
「え、このめっちゃかっこいい人満美さんの恋人ですか?」
何と答えるのかと彼女の横顔を窺っていると「まさか」と食い気味に否定された。別に彼女のことが好きなわけではないし彼女にも興味ないって宣言されてるけど、恋愛対象外だとはっきり言われることに免疫がないため何だか複雑な心境だ。
「私はお前たちみたいな可愛いやつらが好きだよ」
「そうですよぉ。それに満美さんガチ恋勢は大勢いますから、恋人いるなんてことになったら社内で暴動が起きかねませんよ」
「で、で、誰なんです?この方は」
「シェアハウスで一緒に暮らしている。新しく仲間になったやつだ」
ほっと安心したように胸を撫でおろす彼女たち。意外だ。彼女が他の人間と一緒に暮らしていると知ったら、彼女に恋人が出来てしまう可能性に冷や冷やするのかと思ったのだが。
「いいなー先輩と住めて。私も先輩と同じ屋根の下で暮らしたいです」
「お前らみたいな可愛いやつらと一緒に暮らしでもしたらすぐ押し倒してしまいそうだからな。それは出来ない」
なるほど。それで後輩たちも焦らないわけか。安心しきって油断していた彼女たちに、悪気のない満美ちゃんは再び女神の微笑みを向ける。
「昼休憩をした帰りにケーキを買って戻るから、午後も頑張ろう」
男前なその発言に、彼女たちはしなるように倒れて行った。
「目眩が…」
「…二度惚れた」
「満美先輩は男性社員にも人気ですから、気を抜けませんね」
彼女たちの「羨ましい…」という感情のこもった刺さる視線を全身に浴びながら、満美ちゃんと昼を買いに広場まで行く。
「モテモテだな」
「お前も同じようなものだろう」
「満美ちゃんは中身もいいからモテるんだよ。俺は顔と容姿限定~」
満美ちゃんがモテる理由は外見もあるかもしれないが、いい上司って感じが俺にもわかるくらいだし、まず根がいい。リップサービスともとれる言葉を、彼女は純粋に口にしているようだし、そのことを慕っている後輩たちもわかっているようだった。
昨日は変態だと思ったけど誰かのために何かしようと動くいい奴なんだろうな。じゃなかったらそもそも自星の結婚相談所からわざわざ地球にまで来ていないだろう。
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