第16話 風を作ってるよ

「本当ですね。急だったとはいえ集合時間と場所は連絡したんですが」



拓馬が腕時計に目をやったその時、車の後ろにスタイリッシュなバイクが停まる。



「呼んだ?」



フルフェイスのヘルメットを外し、髪をかき上げたのは志音だった。



「あれ、俺みんなに志音はバイクだって言わなかったっけ?」



「聞いて…ない…ですね」と半分眠りながら答えるニックはもう半分眠っているようだ。夢の中で何か美味しいものを食べているのか、次の瞬間には口がもぐもぐと動いている。



「嗚呼、こうしている間にも貴重な時間が過ぎていく…咲さん乗ってください。って、あれ?」



腕時計から視線を上げ助手席に乗り込もうとした拓馬と、樹にナビをセットさせるため目的地の名前を告げていた祐が頭上に「?」を浮かべる。

 サキが見当たらない。

 当の本人は志音のバイクの前でしゃがみ込んで、目を輝かせている。



「俺のバイク、いかしてるでしょう?」



バイクに目を釘付けにしながら何度も頷くサキにまんざらでもない様子の志音。つやつやと輝く装甲は黒一色とシンプルだが、その分デザイン性の高さに目を引かれる代物だった。



「これバイクって言うんだ?」


「まさか初めて見るのかい?」


「俺の星では乗り物は空とか宇宙とか飛ぶことを想定されて造られてるから、閉塞空間になる機体じゃないと製造段階に行う気圧検査で引っかかるんだ」



子どものようにはしゃぎながら初めて見るバイクをあらゆる角度から観察する。そんなサキを、下げた窓に腕を乗せながら見ていた樹がある提案をする。



「なら乗せてもらいなよ。ねえ志音?」


「いつでもヘルメットは余分に持っているからね。どうする咲君」



志音が取り出したヘルメットに勢いよく飛びつくサキ。



「乗りたいっ」



 高速に乗って、志音のバイクの後ろに樹のレンタカーが続くかたちでの走行。



「俺らが風を作ってるよ志音」



無邪気に後ろからそんなことを叫ぶサキに笑みをこぼしながら志音は声を張る。



「バイクの良さをわかってくれて嬉しいよ」



メンバーも乗せたことがあるそうだが、みんな揃いも揃って二度は乗りたがらないそう。祐は常にギターを持ち歩くからと断るし、ニックは寝るから危ない。拓馬はバイク独特の振動に乗り物酔いしてしまうし、樹は男の運転するバイクの後ろに乗るのはちょっと、とのことで断られてしまったと残念そうに話す志音。

 同乗者がこんなに喜んでくれることが今までなかったからか、志音もいつになく気持ちよく運転していた。




 「祐から聞いていた目的地だよ」と言って志音がバイクを停めたそこには澄み渡る青い景色が広がっていた。

 どうやら行き先は海だったらしい。

 そこには海水浴をしに来たと思われる人が沢山いて、サキはヘルメットをしたままでいた。



「こんなに広い駐車場なら、車を停めた場所をしっかり覚えておかないとですね」


「そうだね、ここは…Aの25だ。広い駐車場ってうっかりするとどのブロックに停めたかわからなくなるからね」



志音と車から下りた拓馬が「Aの25、Aの25」と楽し気に復唱する中、樹は未だ爆睡しているニックを揺すり起こしていた。



「ここから少し歩く。そしたら人気もなくなるぞ」



サキの不安を察したのか、祐がヘルメットをコツコツと指で叩いて気遣わし気に言った。

 徒歩で海沿いの道を数分歩き、複雑な道を曲がったり坂を下ったりしながら祐しか知らない目的地を目指した。

 途中ユニークな雑貨屋や水着ショップへ寄り道しながら六人で和気あいあいと歩みを進める。



「もうすぐそこだぞ」



そう言って祐が指さした「サーフボード貸出はこちら」という看板の矢印とは反対方向に曲がる。人が一人通れるかといった程度の細道を越えると、一気に視界が開けた。



「わっ」



ヘルメットを外したサキの目の前には、人一人いない透き通った海が広がっていた。

 ここは地元の人でも知っている人が少ない穴場で、祐は前にこの地を訪れた際に道に迷ってたまたま見つけたらしい激レアスポットだ。



「地球の大部分を占める海。宇宙から見るより透き通っていて綺麗な色だね」



感慨深そうに若草色の水面を眺めるサキの両サイドを、いつの間にか海パン姿になったニックと志音が駆け抜ける。先程寄ったお店で買った海パンを試着室を借りて着て来ていたので、みんな服の下には海パンをはいているのだ。

 水鉄砲二丁を両手に持ち、脇にも一丁抱えた拓馬が「置いて行きますよ?」と眼鏡のブリッジを持ち上げながら、海に来て海に入るのは当然でしょうとでも言いたげにさらっと言ってのける。

 サキは祐と樹の腕を掴んで海へ引っ張って行く。




☆ ☆ ☆




 自宅に帰って来るとお土産として買った魚の干物を祐が早速調理してくれた。



「楽しかったね」


「だな」



和らいだ表情でテキパキと動く祐を見つめる。無愛想で素直じゃないけど、今日みんなで遊んだら少しだけ彼との距離が縮まった気がして嬉しかった。



「その土産は相方に?」



手に持っていたキーホルダーを顎で示された頷く。



「うん。ネビ君律儀でさ、こういうペアのストラップあげると必ずつけてくれるから」



片方のストラップを台紙から外し、地球では圏外で使えない通信機器につける。

 揺れるキーホルダーを見て「ふうん」とつまらなさそうに適当な返事を返した祐に首を傾げていると風呂から上がったらしい樹が居間に戻って来た。



「シャワー貸してくれてありがとね。なんか髪まだ砂っぽいけど」



いつも真面目で大人しそうな拓馬に「遊ぶ時は徹底的に遊ぶものです」と謎のスイッチが入り、始まった水鉄砲合戦の果てに犠牲者が出た。

 拓馬と違うチームになった樹とニックとサキは、拓馬の頭脳を用いた戦法に惨敗し見事に海へと追い詰められた。

 けれど八方塞がりとなった戦況にとどめを刺したのは敵チームではなく自陣のニックだった。足元にみつけた蟹を踏まないようにしようとして体勢を崩した彼がサキにぶつかり、二人が倒れた先に樹がいて三人とも初秋の少し冷たくなってきた海へ向かって倒れ砂だらけ。



「まあ拓馬が楽しそうでなによりだったけど」



その後砂落としも兼ねて全員で「冷たい冷たい」と大騒ぎしながら遊泳を楽しみ、日が暮れる前に帰って来た。

 海を泳いでいる時にサキが樹に不得意なメイクについて相談すると、「帰ったら祐の家でシャワー借りることになってるから、ついでに咲君のメイク講座もしてあげるよ」と喜ばしい提案をしてくれていた。



「樹って普段メイクしてないよね、なのに何でメイク出来るの?」



教えてくれるということは、メイクが出来るということだ。だけどメイクをしている樹をサキはまだ一度も見たことがなかった。

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