第15話 で、どこ行くの?

「ってことがあって」



笑い転げ回っている樹を他所に祐はビールを煽っている。



「居候のくせに…やるじゃんか」



酔っているせいか、しゃっくりをしながら素直に賞賛を送ってくれる祐。



「祐は無愛想すぎてバイト落ちまくってたからねぇ。今のとこ受かった時は半泣きだったの覚えてる」



 今日はこの三人で飲む約束をしていた。小さな簡易机の上を酒缶だらけにして他愛のない話を延々としていた。毎週金曜の夜は二人でこうして飲んでいるのだと言う。

 バンドには既に誘われて参加していたものの、バンド発足時にはまだメンバーで過ごす習慣はなかったという。それぞれ学科や学年の友達と各々学生生活を送っていたらしい。

 けれど人間関係を構築するのが極端に苦手でいつも一人だった祐を世話焼きの樹が放っておけるわけがなく話を聞くことになったのが、この飲みの場が出来たきっかけだったと教えてくれた。



「俺たちが飲むようになってしばらくしてバンドメンバーで集まることも増えたよね」


「そうだな」



ぶっきらぼうに返事をする祐の横顔を見て樹は「嬉しいくせに」とからかった。



「クールな子だと思ってたから静かにお酒飲むのかと思ってたら、まあ愚痴が出る出る。よく今まで誰かに言わずにいられたなってくらい」


「愚痴とかそういうのはずっと抱えていると毒だからね」


「単にあの頃は話し相手がいなかったから…今は別に愚痴なんて言わないだろ」



「最近は確かにそうね」と樹は新しいハイボール缶のプルタブを引いた。



「祐はお酒飲むと泣くから焦るし、ほっとくと音楽について語り出すからめんどくさいんだよね」


「それを言うならお前は酒飲んだら色気が出すぎて女に声かけられまくって収集つかなくなるから俺がいつも助けてやってるだろ」



サキは少しだけ二人の関係性をネビュラと自分に当てはめながら「仲良しってことだね」と甘い酒に口をつけた。



「今更なんだけど、咲君お酒飲める年齢なの?」



少し焦りを見せた樹に「俺もう二十一だよ?」と苦笑する。童顔なのは自覚があるが、どの飲みの場でも同じことを言われるのでそんなに子どもっぽく見えるのかと妙に落ち込む。

 自星もここニホンと同じでお酒は二十歳からだったので、この見た目のせいでネビュラや他の人が一緒じゃないと身分証を見せても未成年だと疑われた。



「うわっ見えない。若く見えるって年取った時に重宝するよ?」



「じじいみたいなこと言ってんな」と座った目で不敵な笑みを浮かべたのを最後に、完全にダウンしてしまった祐にタオルケットをかける樹。



「あんま強くないくせに意地張って飲むから」


「樹はお酒強いんだね」


「そうだね。だけど俺のペースについて来られるなんて咲君も相当よ」



SaturNとして活動しているサキは、お偉いさん方と飲む度に鍛えられたのである。

 少しだけ頬を紅潮させた樹は普段より一層色っぽい。伏せられる目、流し目、じっとこちらを見る目。どんな時も樹の瞳はこちらを誘惑するように、蠱惑的に絡みついてくるような視線を投げかけてくる。無意識なのだろうが、それが罪とも言える。

(なるほど、こんな彼を見てしまったら誰もほっとかないだろうな)



「明日バイトのシフト入ってたりする?」


「ううん、シフト入ってるのは平日だけだから。どうして?」


「祐眠っちゃったから代わりに言うんだけど」


「うん?」



実は、新曲作曲のためのインスピレーションを得るためにどこか遠出しようと計画していた祐は、ついでにサキとの親睦を深めるためにメンバー全員で出かけるのはどうかと樹に相談していたそう。



「お酒が入ってると割と素直になる方なのに、それでもなかなか言い出せなかったんだろうね」



俺が祐のことを思って行動していたように、彼も彼で俺のために色々考えてくれていたようだ。



「楽しみ。で、どこ行くの?」



抱えていたクッションに半分顔を埋めた樹は「俺も知らない」と笑った。



☆ ☆ ☆



 翌朝早くに起こされて目が覚める。

 普段のサキなら楽しみな日の前日の夜は全く眠れなくて逸る気持ちの勢いのまま作曲ばかりして朝日が差すのを待っているというのに、今日に限っては前日夜遅くまで樹と飲んでいたので彼を玄関先で見送り鍵を閉めた以降の記憶がない。恐らくその場で気絶するように眠ってしまったのだろう。

 人があまりいない穴場に行くと言うので、自星から着て来た服で出かけることにした。

 樹と今朝電話で約束したという待ち合わせ場所には既に拓馬とニックもいた。

まもなく車が路駐し、下がっていく窓から樹の顔が覗く。



「おはよ。乗って乗って」


「お酒はもう抜けたの?」


「うん。運転するから、ちゃんと時間計算して飲んでたよ」



確かに、樹は途中からノンアルコールを飲んでいた気がする。今日朝早くから運転することがわかっていたからだったのか。



「樹さんいつ免許取ったんですか」



「つい最近まで二十五にもなって免許持ってない俺って、と自虐的になっていたのに」と拓馬が驚きながらも助手席のドアを開ける。



「前もって予約の電話入れておいてよかったよ、レンタカー」



「祐さんはいつも急…」と言いかけて拓馬は咳ばらいをすると「祐さんは思い立ったが吉日タイプですもんね」と言い換えた。



「樹さん、早くから車を借りに行ってくれたから朝食まだでしょう?」



彼は背負っていたリュックからおにぎりを取り出す。ひとつひとつにはラップの上から付箋がつけられており、丁寧な字でおにぎりの中身がわからなくならないように書かれていた。



「拓馬はいい旦那さんになるね」


「はは、やめてください」



二人のやり取りを聞きながら後部座席に乗り込んだニックは大げさにため息を吐く。



「免許取ってからはしょっちゅう愛車で彼女さんと遊んでいるんですか、羨ましい…」


「マイカー持ってないから彼女も乗せたことないけどね」


「え?」



女の子を乗せるために車を購入しているという前提で話していたらしいニックが驚きのあまり車内でこける。



「どうせ女のいない暇な時に教習所行ったんだろ」


「あはは」



祐に半眼で図星をつかれて苦笑する樹の運転席を覗き込み、何故か空を確認するサキ。



「地球にも自家用車的な車があるんだね。でも空に標識がないね?」


「咲君の星とは同じ車でも大分違うみたいだね。残念ながら地面の上しか走らないよ」


「そうなんだ」



ニックを後部座席の三列目に押し込んで、真ん中の列に詰めて座る祐が呆れたように嘆く。



「お前の話聞いてるとカルチャーショックで倒れそうだ」


「祐さんは夢がないですね。咲さんの星の話は聞いていてワクワクするじゃないですか」



 肩から斜めにかけていたバッグからアイマスクを取り出し装着しようとしていた朝に弱いニックが「そう言えば志音は?」と言って背もたれを限界まで倒す。

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