第14話 神だった?
メイクに苦戦しながらも身支度を整えて家を出る。忘れずに鍵を閉めてから階段を下り、背中をまるめて掃き掃除をしていた大家さんに大きな声で挨拶をする。
都心と呼ばれる場所へ、空を飛ばない電車を使い繰り出す。
高校生までずっと時間をみつけては音楽活動をしていたからバイト経験はないが、シンガーとしての職歴なら現在進行形で継続中だ。
なんとなく自分には接客業が向いているのではないかと直感したサキは、町を歩き回って求人募集している店を探した。
ビル群を抜けると、開けた広場が見えた。朝から求人募集の張り紙のある店を探すもネットが普及した世の中ではなかなか予約なしに今すぐ面接してくれるというところはなかった。くたびれたサキはその広場で足を休めることにした。
変装をするにあたり細部までこだわったせいで、慣れないヒールで出来た靴擦れがじくじくと痛む。
(もしここに関マネがいたら「怪我隠すメイクさんや衣装さんへの配慮が足りてない。もっと気をつけろ」って怒りながらも絆創膏をくれるのにな)
尤も、その人物から自分たちは捕まらないように逃げているのだけれど。
「お腹空いたな…」
窮屈な靴から足を解く放ち、足の指を閉じたり広げたりする。靴擦れして血の出ている傷口の周りの皮膚がつれて時々痛むが、麻痺していた親指と小指に徐々に感覚が戻っていくのが心地よかった。
裸足のまま足を揺らしながら何となく視線を上げると、丁度広場には何台かのフードワゴンが停まっていた。
その中でファストフードのワゴンがひと際目立っていた。目立つと言っても、悪目立ちの方だ。もうお昼だというのに、列が出来ている他のワゴンに比べてそのワゴンだけ人が全く並んでいない。というよりも寄り付かない、といった雰囲気だ。
空腹だったサキは並ばないで済むならという気持ちがあったが、それ以上に好奇心が体を動かした。そのワゴンへ昼食を求めて近づく。
(ああ、なるほど)
カラフルで可愛らしい装飾がなされた水色のワゴンには不釣り合いなほど強面な店主が無愛想に「らっしゃい」と腕組みしたままこちらを睨んでくる。
「おじさんのおすすめのバーガーと、あとポテトください」
注文はしたはずだが、じっとサキを凝視したまま動かない店主。
「…元気ねえって顔してんな、ポテトまけてやるから元気だしな。フラれでもしたか?」
「よくわかったね、求人広告にフラれまくってるよ」
とほほ、と肩を落とすサキに店主は「求人募集」とやたら達筆な赤字で書かれたホワイトボードを指さす。
「面接してやろうか、今から」
「おじさん、まさか神だった?」
思わぬタイミングで訪れた面接のチャンス。
嘘が嫌いなサキは宇宙人であることを正直に店主に明かしてしまった。とは言え、宇宙人だなんて言ったら地球人には頭のおかしいやつだと思われてしまうだろうと諦め半分のサキだったが、拍子抜けするほどあっけなく「採用」と無表情で告げられる。
「店員がほしいと思っていたが、こんな堅物だと人一人寄りつきやしないからな」
臆さず注文をしてくれた客はサキが初めてだったという。
「ありがとうございま」
「条件がある」
一つ、宇宙人だということは信じられない。
「すまん」
「いえ、そういう反応をされると思っていたので気にしてないです」
「面接に受かりたいがための、必死のジョークだったと認識しておく」
二つ、シフトは土日以外。月曜のシフトまでに服装をなんとかしてくること。
「男が女の子の格好してたら変に思いますか?」
「何を着るのもそいつの自由だろ。俺が言ってんのはそんなひらひらした服着てると加熱調理の時引火して燃えるぞってことだ」
「え」
次からは髪をポニーテールに結って、服装は祐に動きやすいものを借りることにした。
サキ・トーラスだとバレないようにするためにこの服はうってつけの服装だったけど、働くとなると動きにくい服装であることは確かだ。
ヒールは動きにくいからやめるにしても、自星から履いてきたスニーカーだと地球にないブランドなことが自分を追う者にはわかってしまうから、バンドメンバーで足のサイズが近い人に借りることにした。祐と俺では靴のサイズが二サイズ違う。
「色々ばばっと教えるが、ちゃんとついてくるんだぞ」
「オッケー」
渡されたエプロンを身に着ける。
ワゴンの中は意外と狭く、大分鍛えているように見える強面店主としょっちゅうぶつかりながら順調にレジ打ちや注文の取り方の研修を行っている最中――
「痛っ」
「わりぃ」
筋肉で武装された店主の腕がサキの顔にヒット。その拍子にサングラスが落下する。
「キャーーーーーー」
(失明するッ…って、あれ?)
サキ・トーラス、ここで初めて太陽光は直視しなければ失明しないと知る。
「だ、大丈夫か。そんなに痛かったか?」
「ううん、痛くないよ。むしろありがとう」
サキの言葉に要領を得なかった店主は不思議そうにしながらも、客はいないが手本を見せるために商品を作っていく。
サキは邪魔くさいと思っていたサングラスを鞄に押し込み、研修を続けた。
「うん、お前は調理には向いてねぇ。特に火には絶対近づくな」
「ですよね。なら接客?」
「そうだな。…でも今日はやめておけ。メイク、崩れ過ぎてるぞ」
申し訳なさそうにサングラスなしのサキの顔を覗き込む店主。
ネビ君に頼らなくても、と自分でメイクを研究し実践したものの大した成長は出来ず、むしろ濃くなっていく一方だった。
相変わらずつけ睫毛はキャタピラー。
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