第13話 最悪だ

[  聡介 SIDE  ]


 サキとネビュラを完全に見失ってしまった聡介は仕方なく一旦祖母の自宅へ戻ることにした。

 祖母の勧めで汗を流すことにした聡介は、彼女の経営する銭湯に来ていた。



「ああくそ、あと少しで捕まえられたのに」



(せっかくみつけたのにあんな簡単に見失うなんて、不覚)

苛つきを押さえられず、思い切り頭をわしゃわしゃと洗うと隣から弱々しい「うっ、沁みる」という控えめな悲鳴が聞こえて、桶の中に避難していたメガネを慌ててかける。



「すみません、だいじょうぶです…」


「いえいえ。何か嫌なことでもあったのです…」



「「か」」と目が合った相手はSCTの職員だった。何故ここに居るのかと問い質すと、収集していた物をあいつらが誤って持って行ってしまったという何とも頭の痛い話を聞く羽目になった。



「すみませんあいつらが…」


「頭を上げてください。私としてはファンとして彼らを追うのは楽し」


「ああん?」



凄む聡介に「いやいや」と両手のひらでバリケードを作ってみせるヴィルゴ。



「大切な物品の紛失の責任は私にあるのでお気になさらず。彼らから物品を取り戻すのもですから、ええ。彼らを追うのが楽しいなんてそんなこと微塵も思っていませんよ、アハハ」



思いもよらず再会した男のせいで、湯に浸かっても一向に疲れが取れない。それどころか、空気が読めないのかやつに「失礼しまして、よっと」と隣に座られてしまう始末。

 こんなに俺が不機嫌なのに隣に来られるなんて、ここまでくると苛立ちを通り越して感心してしまう。



「お邪魔かとは思いますが、少しお話よろしいですか」



断ろうとすると、「こんな真似は一ファンとしてしたくはありませんでしたが…」と言いながらSaturNをSCTが訴えてもいいのだと、さらっと笑顔で脅してきた。



「最悪だな。風呂上がったら名刺ください」


「ええ、勿論差し上げますとも。自分はヴィルゴと申します、これからは協力関係になるわけですし仲良く…」


「しないぞ」



 結局しつこくついて来たやつと一緒にいるところを祖母に目撃され、友達と勘違いされた挙句「泊まって行きなさいな」と祖母がヴィルゴを含めた日本に派遣されたらしい捜索人員のSCT職員全員を家に上げてしまった。

 久方ぶりの客人に祖母が嬉しそうなのは何よりだが。



「しばらくの間お世話になります聡介さん」


「ほんっとうに図々しいなあんた」



でも俺ひとりであいつらを探すよりはこいつと協力した方が断然手間も労力も省ける。

 少しの我慢だ、俺。今まで今回以上に嫌だったことなんて散々あっただろ、それに比べたらこんなの可愛いものじゃないか。

 苦悶の表情を浮かべながら野菜炒めを頬張る聡介と、その横で「おいしいですね」と平然と夕食までご馳走されているヴィルゴの相性は最悪だった。




[  サキ SIDE  ]


 地球にやって来た日から三日ほど経つだろうか。朝というものが三回訪れているので、多分その計算で合っているはずだ。

 地球にいると時間の流れが早く感じる、などと呑気に考えていたサキ。不意に横から「くしゅッ」とくしゃみが聞こえズザザザと後退する。



「風邪?。他惑星の病気とかかかりたくないからやめてよ?」


「怖いなら野宿しろ。っていうか風邪じゃねえよ別に」



生まれ故郷の星から出たのはロケ以外では修学旅行以来だろうか。地球は初めて滞在するし、何よりネビ君と一緒にいないことがソワソワする。



「じゃあ行ってくるわ」



祐は現役大学生。曜日にもよるが、大体は朝十時頃に家を出る。本人曰く、午後に授業が詰まっているらしい。



「気をつけてね」


「何もするんじゃねえぞ、頼むから」



こんなおかしなお願いをされているのは、先日、居候なのだからと出来もしない家事を彼の留守中に行った結果大惨事となったからだ。帰って来た祐も激怒を通り越して愕然としてしまったくらいの惨状を作り出したサキは、家事に関しては一切何もしないことが命じられた。

 ネビュラの言う通り、サキに生活力は皆無である。

 SaturNが唯一呼ばれなくなったという伝説の番組は料理番組で、色んな意味で炎上したためにその番組への出演はNGとなってしまった過去がある。

 サキにやらせてはいけない家事トップ3の最上位に、火を使う料理がランクインしている。

 その時のスタジオや祐の家では靄で済んだが、恐らく次はない。



「俺も今日は出かけるから」


「そ。じゃあこれ持ってろよ」



投げられてキャッチした物は合鍵だった。



「ありがとう」



素直に謝辞を述べるサキに面食らったのか「…失くすなよ」とだけ言って扉はしまった。

 自分の得意でないものを得意になるには時間がかかるし、努力ではどうにもならないことだってある。家事が人並みに出来るようになる未来が仮にあったとしても、それにはあとまだ数億年はかかると自覚していたサキは、祐の役に立てるかもしれない別の案を既に考えていた。

 それはバイトである。家事が出来ない代わりに、バイトで稼いだお金を祐に渡そうと考えたのだ。

 一人暮らしの祐は学生として勉学に励みながらも夜にはバイトを二つ掛け持ちして、残った僅かな時間を睡眠時間を削って作曲活動に当てていた。

 職業にするという意味で音楽を志すことを、祐は両親に認めてもらえていなかった。学業において成績を落とさず、学費は払うがその他の費用は自分で稼いで一人暮らしをするなら音楽をやってもいいという、両親の「音楽をやめさせたい」という気持ちのこもった厳しい条件が課されていた。

 なんとかその条件をクリアしていることで、音楽を続けていることを渋々ながらも黙認されている。と、こっそり樹が教えてくれた。

 すぐに音を上げて帰って来ると思っていた両親の考えとは裏腹に、祐はめげずに家事の必要な一人暮らし、勉学、バイトを器用に日々こなしていた。

 祐にとって、音楽は自分の一部だった。そんな彼にサキは親近感を抱くようになっていた。

 サキ自身子どもの頃から癖のように曲作りをしていて、作曲することは息をしているのと同じことだと言えるほどだった。生まれて初めて作曲が出来なくなってしまったサキは息が出来なくなって地球へ逃げて来た。

 祐の苦悩に自分の苦悩を重ね合わせてしまったからこそ、彼に居候している自分のことで負担を掛けたくなかった。



「家事は失敗したけど、バイトなら」

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