第12話 早く言ってよ

「人間と見た目が変わらないおかげで、負担なく人間たちに溶け込めたらしいわ」


「俺の星は常夜だから地球に来て初めて朝と昼を体験したよ。困るのは、サングラスなしだと失明するっていうハンディキャップがあることだな」



白米を茶碗に山盛りに盛っていた愛手が可笑しそうに「それ、迷信だよ」と笑う。



 愛手の星でも太陽に対する認識は俺の星と同じらしかったが、サングラスなしでも失明したり目や体が解けたりすることはなかったと言う。



「太陽を直視しなければ失明はしないよ」


「試したことに敬意を払うぜ。マジですげえな」



「へへ、ちょっと自暴自棄になってた頃だったから」と、影を落とす愛手の後ろから勢いよく洗面所から満美ちゃんが戻って来た。

 髪型もメイクも見間違えるくらいきまっている。彼女は「行ってきます」と言ってそのまま颯爽と玄関に向かうのかと思いきや、足を止めた。



「お弁当ありがとう愛手」


「うん。行ってらっしゃい」



微笑ましい光景だ。

 自星では他惑星同士の戦争のニュースや宇宙戦争回避のための運動、地球人がいかに宇宙に対して無知かという新聞記事で溢れかえっている。他惑星同士の積極的な交流は主に経済場面に限定され、それ以外に接点を持たないことがほとんどだ。

 宇宙戦争にならないために、面倒な会議を何度も経た末「宇宙戦争を起こしませんよ」という締結を結んだ後は互いに戦争を起こさせないよう牽制の意味も兼ねた交流があるだけで、その惑星に住む者同士が真に友人のように接するようになるわけではない。

 ネビュラも歌手として他惑星に赴いたことはあったが、それはあくまでビジネスに過ぎない。現地に友達を作れるような雰囲気は今の宇宙にはないのだ。

 どれだけ愛されているSaturNでも、ファンではない者には他惑星人であるがゆえに嫌煙されることもある。

(こうしてみると、本当にここは特殊だな)

気が合うやつは異星人であろうと友達になれるもんなんだな、と考えさせられるネビュラだった。



「今日は仕事で遅くなる。先に眠っていてくれて構わないぞ」


「あら、帰り迎えに行きましょうか?」


「ありがとう。けど大丈夫だ」



ベージュのスーツというシンプルな服装ながらも、シンプル故に彼女の美しさを際立たせている。満美は控えめに口角を上げると玄関へと向かった。



「波人君は自分の星ではどんな仕事してるの?。ああ、それとも大学生?」



食事を終えた俺の茶碗を自分の茶碗に重ねて流しへと運んでくれる愛手に、彼ら自身に秘密性が高いのだから、自分の秘密も口外しないでくれるだろうと判断して「SaturNってユニット名でシンガーやってる」とそのことももう明かしてしまう。

 名乗らなくても当然知っているだろうと少しだけ驕っていた自分が恥ずかしくて、穴があったら入りたい。

 ネビュラの正体に愛手はピンとこないのか「そうなんだ」とそのまま洗い物を始めた。が、幸人はというと…



「待って…待って待って待って、待ってよっ!」


「ど、どうしたんだよ」


「SaturNってあのSaturN?」


「あ、ああ。そうだよ?」


「サキ・トーラスとネビュラ・カメロパルダリスの?」


「だからそうだって。っていうか幸人さんは知っててくれたのか」



幸人は何も言わず静かにすくっと立ち上がったかと思うと、音速で自室に行って戻って来る。その手には抱えるほどのCD。SaturNのデビューシングルから最近リリースされたアルバムまで全てが揃っていた。



「友達の勧めで聴いたらはまっちゃって。発売される度にあたしの分も買ってもらってたの」



どうやらその友達というのは俺と同じ星出身だったらしい。



「波人君」


「は、はい」



なぜか正座になってしまう。



「大事なことはもっと早く言いなさいよぉっ」



ぽかぽかと叩かれて、慌ててそれを両手で制す。



「いてて、さっき本名言っただろっ?」



「SaturNのネビュラだとは思わないじゃない普通。もー」と幸人さんはふくれっ面になる。

 俺たちのそんなやり取りを、手を泡だらけにしながら微笑ましそうに見ている愛手に見守られてしまう。



「サキ君は一緒に来てないの?」



 当然と言えば当然の問いだった。幸人さんにそう尋ねられてサキに思いを馳せる。

(あいつ生きてるかな。生活力ゼロだし嘘も下手だからな。でもまあ…)



「あいつを拾ってくれてるやつがいたらそいつは間違いなく面倒見のいいやつだろうな」



頭上に「?」を浮かべる二人にこれまでの経緯を話すことにした。

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