第11話 シェアハウス
翌朝ケロッとした幸人さんが部屋に飛び込んできて、「おっはよーっ」と大声で起こされた後朝食となった。朝から元気な人だ。
昨日散々幸人さんの酒に付き合ったせいか、彼をここまで運んだことによる疲労のせいか、俺も案内された部屋で横になるなりそのまま眠ってしまった。
幸人さんに起こされてからのそのそと脱衣所に向かい、シャワーを借りてメイクを落とし普段着に着替えてから居間に出る。正方形のちゃぶ台で、勧められた愛手の正面の場所に胡坐をかいて座る。
「昨日はごめんなさいね」
「いや別にそれはいいんだけど、俺の方がお世話になっちゃってるっていうか」
いいのよ、と右から微笑まれて何も言えなくなる。
「二人にも心配かけたわ」
「ほんとだよ、帰って来なかったらどうしようってすっごく不安になっちゃった」
正面の愛手が、並々入ったみそ汁のお椀を持つ幸人さんの腕をグイグイと引っ張る。「うん、ちょっと危ないかしら」と幸人さんが困ったように苦笑いをする。
そんな幸人さんの正面、俺の左で髪を適当に結い上げて魚をつついているメガネの彼女は、心配していなさそうに見えて彼の笑顔にそっと胸を撫でおろしているようだった。
俺からの視線を感じたのか不意に目が合う。
「何?」
「名前、聞いてなかったなって」
「
「サ、サンキュ」
美しい横顔で男前にそう返されて拍子抜けしていると、「それって地球での名前?」と何かを頬張って頬を膨らませている愛手に尋ねられる。
「そのことなんだけど…」
「色々疑問があるわよね。とりあえずまずは簡単な自己紹介をしちゃいましょうか」
幸人さんは地球人で、このシェアハウスを始めた張本人。化粧をしなくてもいいんじゃないかと思うくらい綺麗な人で、どこか姉御肌でお茶目な印象がった。
実家はよくわからないけどお金持ちで、けどこの人自身は親に頼りたくなかったからと、親の職業とは関係のない建築関係の仕事で自らの力だけで成功しているらしい。
「私そろそろ準備するから」
そう言って洗面所を占拠し始めた満美ちゃんは俺と同じ宇宙人。地球ではゲームを作る会社で背景画面のデザイナーをやっているそうだ。自星の景色は色の配色が独特らしく、色に対する圧倒的な強みを地球での仕事に活かしているらしい。
「幸人さんお代わり食べていい?」
無邪気にそう尋ねながら既にしゃもじで白米を掬い始めている愛手もまた宇宙人。事情があって二か月ごとにフリーターになるものの、毎回バイト先を変えるためあらゆる職業の経験と知識が豊富らしい。「役立つ知識を持ってるかもしれないから、困った時は何でも聞いて」とまだ十代なのに何とも頼りがいのあることを言われた。
満美や愛手という名前は入惑星時に手続きしてもらった名前で、実際の名前は別にあると言う。
満美ちゃんはマトンミマレンという名前だと幸人さんが教えてくれたけど、愛手についてははぐらかされてしまった。何か言いたくない事情があるんだろうと、不躾に深掘りはしなかった。
宇宙人と共に暮らしている幸人なら口は固いと判断し、話しても大丈夫だろうとネビュラも自分のことを話すことに決めた。
「俺の本名はネビュラ・カメロパルダリスだ。ネビュラでも波人でも、どっちで呼んでくれても構わないけど…」
せっかく地球にいるのだからと、彼らは地球での名前で呼び合っていた。よってネビュラも自然と波人呼びされる流れとなった。
「何でまた宇宙人とシェアハウスなんか。地球人からしたら俺みたいな宇宙人嫌煙するだろうに」
箸をおいて居住まいを正す幸人さんにまっすぐ見つめられる。
「あたし、お金持ちなのよ」
それ、昨日も聞いたし、さっきも聞いたな。
「菫院家の長男って重圧に負けちゃって、逃げるように家を出てね。両親はともかく家督を押し付けちゃった弟にも会いづらくなっちゃってずっと一人だったわ」
同じように行き場のない人と楽しく暮らせたらと考えていた時期に、偶然満美ちゃんに出会ったという。
宇宙人が身近にいるということもそこで初めて知ったと笑って話しているが、相当衝撃を受けただろう。
「あたしと宇宙人のみんなの違いはお金と居場所の有無だったわ」
仕事で成功した幸人は、財産でなんとか自分の居場所を創ることができた。しかし他惑星からやって来て右も左もわからない宇宙人はそうはいかなかった。
「仕事を紹介するのは簡単なんだけど、居場所を提供してあげるのに苦労してね」
日本に限るが宇宙人でも快適に過ごせるシェアハウスを幸人は土地から自腹で買い、各地にそれを建てた。
宇宙人も金を持参して来ていても、換金所のある入惑星審査場が近くにあるとは限らない。意地の悪い審査官に当たった者は正しく換金してもらえず、地球に訪れた途端一文無しになってしまう者も多いという話を聞いて、幸人は自分の会社で今も密かに彼らを雇い受け入れている。
「思いのほか仲良くなった満美ちゃんはあたしとこの菫荘に一緒に住むことになって、後々愛手君も一緒に住むことになるんだけど」
そこまで話して、口元に手を当てた幸人はくすりと笑った。
「満美ちゃんはあたしの手なんて借りずに、出会った頃には既にバリバリ働いてたのよねぇ」
確かに逞しそうではあるけど、人間という地球の生物に条件が近い宇宙人でなかったら溶け込むことは難しかっただろう。
ネビュラの疑問を見透かしたように、洗面所から満美の声が聞こえてくる。
「私の星に生きるやつは、かつて地球にも存在していた妖精が別の星に移り住んだ結果だ。人間の姿を真似た姿をしていた妖精の文化がそのまま根付いたのかもな」
「妖精って笑っちゃうよね。サイズが随分でかくなっ…」
洗面所から放たれる静かな殺気に愛手は慌てて「何でもない。先祖が妖精って素敵だよね」とひきつる笑顔で誤魔化した。
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