第10話 地球人じゃないんでしょ?

   [  Nebyura SIDE  ]


 変装として女性服を着ているのにも関わらず何故か男より女に口説かれたネビュラだったが、流石に彼女たちの家にお世話になるのはスーパースター以前に人としてどうかと思った彼はひとまず雰囲気の良いバーへ入る。

 隠れ家的な店構えとは相反して店内はオープンで、カジュアルな雰囲気の店内は人もまばら女の子も少ない。声をかけられずに一息つけると思った矢先、酔いつぶれた人間が目に留まってしまった。



「またフラれちゃったの、信じられる?」



カウンター席のど真ん中で管を巻いている。自分に話が振られているわけでもないし無視すればよかったのかもしれないが、人がいいネビュラはため息を吐きながらも歩み寄る。



「キレイな顔が台無し」



 彼の愚痴を静かに聞きながら頷きを返していたバーテンダーのお兄さんに軽く目くばせすると、彼は助かったと言わんばかりに頭をさげた。

 話を聞くのも仕事とは言え、かなりの時間拘束されていたようだ。慌てた様子こそ見せないものの、他の客の接客へと向かった。

 この店の店員は少なくはないが多くもないようだし、一人の客の対応を長時間続けていれば店が回らないだろう。



「話聞いてあげるからもう泣かないで。あんた名前は?」


菫院すみれいん幸人さちとよぉ~。どいつもこいつも金目当てで近づいて来て、もう嫌っ」



細長い手足に、美しい所作。愁いを帯びるように俯いた視線はもう何杯目かわからない酒に落とされていた。

 中性的な容姿は、女性のようにも見える。

 少し前から付き合い始めた男が財産目当てで、金を出さないことがわかるとあっさり別れを切り出してきたらしい。



「サイテーだなそいつ」



目じりに涙を溜め真っ赤になった目をアイメイクが落ちないように何度も指の先で押さえていた幸人は、お兄さんが戻って来るとすかさず注文を口にする。



「でっしょ~?。今夜はやけ酒よ。もーファジーネーブルちょうだい」


「同じの頼むわ」



 一時間、二時間と話を聞きながら飲んでいたらいつの間にか閉店時間になっていた。動けなくなった幸人を半分背負うように肩に腕を回す。



「ねえあなた、何で演技なんかしてるの?」


「何のこと?」



 俺の格好は完璧のはず。いくらニホンに男女という性別というものが存在していようと、元々性別の概念の薄い星出身の俺が本気を出しているんだから、男か女かなんて判断がつくわけない。



「わかるわよ。あなたが普段のあなたじゃない別の貴方を演じてることくらい」



悔しいがこの人は、俺の性別について疑問を抱いたわけではなく、俺自身の態度に違和感を覚えたらしい。



「いつから気がついてた?」


「最初から?」


「なら早く言えよ。演技のし損だわ」



この人に俺の情報が渡っているとは言え、あれだけ飲んでいれば今日のことは酔っぱらっていて忘れてくれるかもしれない。万が一関マネに俺の情報が渡った時には一大事だが。



「家まで送ってやるから案内してくれ」



自分より高身長な人間を支えながら歩くのはなかなかに骨が折れた。睡魔に襲われ時々おぼつかない足が止まることがあったが、その度に根気よく「寝るな」と声をかけた。



「送り狼はなしよ?」


「バカ、んな不誠実なことしねえよ」



今にも寝るか吐くかしそうなのに「冗談よ」と青白い顔で苦笑する幸人のかすれた声で案内され、次の角を曲がれば家だというところまで来た。



「もう寝ていいかしら」


「足は動かせよ足は」



古めかしい「菫荘」と書かれた錆びた看板のかかった目的地の建物が見えて来ると、その前の道に人影が二つぼんやりと見えた。

 最後の一本道は「吐きそう」「吐くな」のやり取りが続き、足を完全に止めた幸人を仕方なくおぶっている状態だった。

 菫荘まであと十歩くらいのところにまでなんとか辿り着くと、二つの影が小走りで近寄って来た。



「おい着いたぞ」



ずるずると着地する幸人だったが、自立して立っていられないのかネビュラの肩に掴まりながらゆらゆらと揺れていた。

 はっきりと顔が見えた二人の人物に知り合いかと尋ねると、そうだという返事が返って来た。



「幸人さんをここまで送ってくれてありがとう」



目測160センチくらいの小柄で愛嬌のある顔の、どこか犬っぽさのある男子学生に幸人を預ける。



「珍しいな、潰れるなんて」


「いふぁい《痛い》」



幸人の頬を容赦なくつねって伸ばす男勝りな口調の女の子。さっきの学生よりも高身長で華奢、ロングヘアに尖った耳が印象的だ。知的そうな楕円眼鏡の奥から品定めするように俺を見てくる。

(こいつら家族…ではなさそうだけど、ここにいっしょに住んでる友達って感じなのかな)

 幸人を背負ってここまでやって来た疲労感から、ネビュラは肩を回しながら別れを告げる。

 そろそろ今日寝泊まりする場所を探さなくてはならない。



「んじゃ俺はこれで」


「待って」



HPゼロな雰囲気を醸し出している幸人に呼び止められた。



「ん?」


「あなたも地球人じゃないんでしょ。だったらここに居ればいいわ」



あまりの予想外な言葉に「…は?」と声が裏返る。

 酒を飲みながら話を聞きはしたけど、俺の情報は名前ぐらいしか明かしていないのになんで。



「悪いけど後のことは二人に聞いてちょうだい。あたしは寝る」



蒼白顔でそう言い残すと、立ったままいびきをかいて寝てしまった。

 あろうことか軽々と幸人を横抱きにした男子学生をまじまじと見ているとバッチリ目が合ってしまった。

 名前を尋ねようとしていると思ったのか、彼は満面の笑みで「愛手あしゅ」と名乗ってくれた。本当はその腕力に驚いて見ていただけなのだが、これはこれで都合がいい。



「なあ愛手、幸人さんが言ったのってどういう意味?」



「んー?」と考えるような表情を見せてから「簡単に説明すると、ここはウェルカム宇宙人ハウスってとこかな」とさらによくわからない返事が返って来た。

(簡単に説明されすぎて話が飛躍している気がしなくもないけど、まあいいか)

 わけがわからないまま流れで泊めてもらうことになったネビュラ。

 丁度部屋が一つ余っていたとのことで、何も置かれていない部屋に借りた布団を敷いて夜を明かした。

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