第9話 メンバーに
「いいですよ。ではまず俺から」
彼は
「バンドかぁ」
「はい、バンドです。全然売れてませんけど…」
彼は
彼はスタジオを押さえたりチラシを作成したりなど、多忙なバンドのまとめ役係だそう。このバンドを底から支える頑張り屋さんで、メンバー内唯一の高校生。
「私も日本にはまだ不慣れだから、困ったことがあったら一緒に樹に聞いちゃいましょう」
彼の名前はニック。バンドではドラムを担当していて、本人曰く初心者らしい。
彼の両親は母親が日本人で父親がイギリス人、ここ日本で生まれたものの物心つく頃にはイギリスで生活していたと言う。母親の仕事の都合で大学入学に日本に戻って来たそう。
「何でピンポイントで俺?、まあいいけど」
樹は期待を裏切らない超イケボのボーカル。「自分で言うか」と祐にすかさず突っ込まれているあたり、反感をかわない周りと上手くやれるタイプの男。案外世話焼きと思われるところもチラチラ。
「お前ら何でコイツのこと当たり前のように受け入れてんだよ」
仰る通りです、と急に肩身が狭くなる。
膝を抱えて小さく丸くなるサキを、祐は怪訝そうに睨みつけた。
「自己紹介とか呑気にやってるけど、今日は飯食いながら文化祭でのライブの反省会するはずだったろ」
(樹め、親切でいいやつを装って本当はこの反省会が嫌で俺をダシに使ったのかっ)
「反省も何も、俺のキーボードは完璧だったし反省する点はないと思うんだけどな」
志音は自分の演奏に自信があるみたいだ。今も鼻高々といった様子で、何一つ指摘される覚えはないと他人事のように話を聞いていた。
「しかし、かけた予算のわりに人が集まりませんでした。チラシ以外にも樹さんがお友達に声をかけて集客してくたはずだったのに」
ライブの諸々の予算を細かく記したノートをパラパラとめくりながら、拓馬が険しい表情をしているとニックがその背中を笑顔でバシバシと叩く。
「少なくても、ライブを楽しんでくれたお客さんがいたんですから、また次頑張りましょう」
そんな彼らを見て思わず「見事にバラバラだね」と苦笑い。その苦笑は、苛立たし気にこちらを見ていた祐の逆鱗に触れてしまったようだ。
甘い炭酸飲料の入った紙コップを思い切り投げつけられ、何が起こったのか理解できないままフリーズした。
不意なことで驚いてしまったサキは避けられずにジュースまみれになる。かかったジュースの炭酸が服のしわを流れ落ちながらあちこちでシュワシュワと弾けている。
拭うこともせず放心状態でいると、立ち上がった祐が大声を荒げた。
「部外者のお前に何がわかるんだよッ」
「あらら。拓馬、脱衣所からタオル持って来て」
「は、はい」
大声を荒げた祐に気圧されてしまっている拓馬に、落ち着いた声音でそう頼む樹。指示を受けた拓馬は我に返って足早に脱衣所へ手頃なサイズのタオルを取りに向かった。
祐の目に滲む涙、悔し気な表情。この子は真剣に本気でバンドをやってるのだとサキは悟った。単に友達同士で楽しむツールとしてバンドを選んでいるだけかと思ったら、どうやらそうではなかったらしい。
「ごめんね、祐音楽を通してじゃないと人と上手くやれないタイプで」
微苦笑しながら祐の代わりに謝る樹にサキは「音楽でなら、ね」と考え込むようにこぼした。
拓馬から受け取ったタオルでジュースを拭いてくれていた樹に断って、徐に立ち上がるサキ。
「じゃあ本当に別の星でシンガーやってるってこと、祐にも受け入れてもらえるように音楽で証明してみせるよ。スペアのギター持ってる?」
「は、はぁ?。持ってるけど…」
予想外のサキの行動に動揺してか、かっとなった勢いでジュースをかけてしまったことに罪悪感を覚えてか、祐は随分あっさりとギターを貸してくれた。
借りたスペアのギターは普段全く使われていないのだろう。それなりに手入れはされているけれど、音が微妙にちぐはぐだった。
チューニングしてから何を弾こうか考えていると、自然と部屋が静まり返る。まるでライブが始まる直前にそれまでのざわめきが波のように引いて静寂が訪れるのと似ている。そう思うとなんだか嬉しくなった。
ライブが始まった途端に会場は歓声でいっぱいになる。それはどんな曲よりもデビュー曲が流れた時が一番大きい歓声で包まれる。それを思い出し、SaturNのデビュー曲を弾くことに決めた。
弾くだけに留まらず、サキはそのまま歌い出した。
ファンじゃない人でも楽しく幸せになれるように、みんなが気にしていたべたつくジュースの雫も俺を輝かせる煌めきに変えて。
ステージに場所や規模は関係ない。今はここが相方不在のソロステージ。
「っ…」
歌い終えるとみんな口をぽかんと開けていた。
音楽は惑星共通。
だから目一杯俺の気持ちを歌に込めたつもりだけど、力不足だったかな。
「凄い…」
すくっと立ち上がったニックが頬を紅潮させて両手を胸の前で握りしめている。
「最高です、咲!」
静かに興奮していた拓馬も立ち上がって拍手をしてくれる。
「感動しました。キラキラしていて、ここが男一人暮らしの寂しい部屋ってことを忘れてライブ会場にいるような心地でした」
「へぇ~」と控えめに驚いていた樹は祐の姿を見て意外そうに首を傾げる。
「あれ、いつもならここで祐が「一人暮らしの寂しい部屋で悪かったな」ってツッコミそうなもんなのに。それに志音もなんか泣いてるし」
床に拳を何度も叩きつけながら伏す志音は「素晴らしい。悔しい。素晴らしい」のエンドレスループで鼻をすすっていた。ティッシュを勧めながら、「ありがとう」と素直に賞賛に礼を言う。
「何となく音楽やってる俺でも最高のステージだと思ったけど、祐はどう?」
立ち尽くしていた彼ははっとしたように顔を背ける。
「…部屋の中ではその恰好はやめろ」
「それって」
スペアのギターを取り上げた祐に代わって樹が笑顔で答えてくれる。
「泊めてあげるってことだよ、全く素直じゃないんだから。実は今感動に震えちゃってるとか?」
「樹は少し黙ってろ。どうせ行く場所がないなら住まわせてやる。その代わりしばらくうちのメンバーに加われ。お前がいるとメンバーの刺激になる、と思う」
みるみるうちに笑顔を弾けさせるサキに、拓馬が改めてジュースを注いだ紙コップを渡すと再度それぞれコップを掲げる。
「「「「「「乾杯」」」」」」
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