第8話 自己紹介しない?
[ SAKI SIDE ]
サキはネビュラと別れた後、すぐ近くの大学で行われていた文化祭をちゃっかり楽しんでいた。辺りが暗くなって太陽が沈んだことを確認すると、サングラスを外した。
彼の住む惑星は常夜で常に暗いので、暗くなったからといってそれが夜の訪れだということをサキは知らなかった。校内の人通りが少なくなって来たことにも「都合がいいや」くらいにしか思わなかったのである。
そんな彼は人気の完全に消えた校舎前にある数段しかない階段に座り、街灯の僅かな灯りを頼りに買い込んだ食べ物を呑気に食していた。
「そこで焼きそば頬張って、何してんすか」
「え?、君の見たまんまだけど」
彼が言うに、こんな時間に大学の校内しかもこんな街灯一本しかないような暗がりで焼きそば食ってるやつは怪しいらしい。
サキは中学時代をそうして学友と食事をしていたのでピンと来ていなかったが、それも暗いだけで昼。こんな遅い時間ではない。
「うちの大学の人じゃなさそうだし、不審者?」
近場の時計を見上げて時刻がまあまあ遅いことに気がついたサキは動揺を隠せなかった。
「チガウヨ」
「いやいや、超怪しいけど?」
「い、一緒に住んでる友達と喧嘩しちゃって…えーっと、い、家出してきたん、だー?」
変な汗が額を伝う。怪しさ満天だ。
無論嘘だが、このままウロウロしていても関マネにみつかってしまうか、目の前のこの子と同じようにまた声をかけられるかもしれない。万が一警察に職質されて「異星人です。歌手やってます」なんて言っても信じてもらえないだろうし、それでもし捕まりでもしたら八方ふさがりだ。
勇気を出して彼の家に泊めてもらえないかと目論んだサキは、上目遣いで一か八かお願いしてみた。
「ねえ」
「やだ」
妙な猫なで声に寒気でもしたのか、その青年は腰に巻いていた薄手の上着を羽織る。ギターのケースと思われる物を背負い直し、踵を返そうとする。
「まだ何も言ってないのに」
「女は苦手なんだ。それ以前に怪しすぎるしお前」
「そんなぁ」と本音が口から飛び出て、それが思った以上に大きくなってしまう。
「るっさ」
耳を塞ぐ彼とは別にもう一人、男子大学生が暗がりの中近づいて来た。
「やっほー」
「なんだ
「撤収作業代わってあげたの。夏至が過ぎるともうこの時間帯は明るくないからね。女の子に夜道歩かせるわけにはいかないでしょ?」
街灯の光に照らされてその大学生の全容が窺えた。
簡潔に形容すると、イケメン。ネビ君で目が肥えた俺でもイケメンと公認せざるを得ない。ネビ君に勝るとも劣らない美形地球人がいるとは。
彼なら泊めてくれるかもしれないけど、見るからにタラシっぽいし女の子の格好をした俺は可愛いから危ない。
「それで、どうしたの。そこに座ってる子、名前は?」
「不審者だよ」
「拗ねてるし。彼、
彼と言ったなこの男。もう変装がバレたか?
「彼?」
「そこの子、男よ?。気がつかなかったって顔だね」
あっさりばれてしまった。もう仕方がないので少し地声よりも高い声で話していたのをやめる。
「なんで男だって思ったの?」
「女の子だったらもっと俺のこと見るし」
なんと、そんな理由だったか。まじまじと見ればよかったが、俺はネビ君の顔の方が好みだったから直ぐに彼の顔から興味を失ってしまったのがいけなかったか…。
「何で変装を?」
「話せば長くなるし、恐らく信じてもらえないよ」
あからさまに肩を落として見せると、その肩にぽんと手が置かれた。
「話してみなきゃ信じてもらえるかどうかはわからないじゃない」
「イケメン君…」
「事実に君付けも悪くないけど、樹って呼んで。丁度今日祐の家で集まるからそこで話してよ、ね?」
色っぽい笑みを浮かべる樹の横で、祐と呼ばれていた青年は噛みつくように抗議する。
「お前の家なら自由だけど俺んちにこの不審者をあげるのか?」
「いいからいいから。そこの不審者君、名前は?」
「結星咲だよ。結ぶ星に花が咲くの咲」
「変わった苗字、けどいい名前だね。じゃあ咲君も一緒にレッツゴー」
とりあえず何とか寝泊まり出来そうなところへは連れて行ってもらえそう。な、気がする。
空になったプラスチックの焼きそばの容器と割り箸をゴミ箱に捨て、ギターケースを背負う背中といくつかの女の子の香水が香る背中を追う。
辿り着いたのは三階建ての小さなマンション。入居者はそれほど多くなく、大家が寛大なおかげで、楽器もペットも可というなんともありがたい物件だった。
302のプレートが掲げられた部屋のインターホンの下には表札があったが、サキには翻訳機を以てしても難解な文字が記されていた。
中へ通され居間まで来ると、途中で寄って買ったピザを簡易机に並べる。さっき色々食べたけれど、地球産のピザも食べてみたいという気持ちが満腹を帳消しにした。
準備をしていたら、二リットルペットに入ったジュースを買い込んできた地球人三人が合流した。簡易机を囲むようにして全員が床に腰を下ろすと、各々好みのジュースを紙コップに注ぎ六人で乾杯する。
早速話を振られて口外しないことを条件に、ここに至るまでの経緯を話してみることにした。
「とても興味深いよ。ってことは咲はエイリアン?」
「そそ」
「それで逃げて来たわけね」
思っていたよりも好反応でサキは嬉しかった。それと同時に、自分の言葉や思いが他惑星人にもちゃんと伝わるんだということを実感した。
「誰かに追われるって疲れるでしょう?」
「凄く楽しかったよっ。まるでアニメのワンシーンみたいで」
「変わった方ですね。ニックの言う通り興味深い。祐さんもそうは思いませんか?」
「いや」
合流組は樹と同様受け入れてくれてる感じだけど、この祐って子にはどうしても心を開いてもらえない。
(普通に考えれば彼の反応の方が一般的なんだろうけど…)
気遣わし気に祐にチラチラと視線を向けるサキ。気がついていながらそれを無視する祐。二人を見て戸惑う三人。しかしそんなギクシャクした空気を読み、即座に話題を変えてくれる樹。
「サキ君だけに色々話させるのはあれだし、自己紹介しない?」
周りをよく見てるなぁ。こういう気配りは俺にもネビ君にも皆無だ。話したい時はわーっとしゃべるし、何も話すことがない時は黙ってしまうタイプだから。
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