第7話 緊急事態

「さて、これで全部でしょうか。おやあ?」



溢れかえっていた物たちをSCTと書かれた段ボールに梱包していくヴィルゴ。最後のひと箱の中身を点検していたところで、数が合わないことに気がつく。

 珍しく本気を出して探しても見つからず、監視カメラを確認すると彼は慌てる様子もなく壁に設置された受話器を取る。



『なんだ』



社長の切れるような美声が響く。ヴィルゴは鼻の頭を掻きながら状況を説明した。



「恐らく勘違いでしょうね。持って行かれてしまった物、金目の物とかじゃなくてですし」


『無駄口はいい。今すぐ取り戻せ。本部からも人を送る。お前も直ちにニホンへ向かえ』


「はあい」



緊急事態にも関わらず、ヴィルゴはどこまでも楽観的で適当な男であった。




     [ SaturN SIDE ]


 そんなこととは露知らず、ショッピングを楽しむべく都心へ出て来ていたサキとネビュラ。腹ごなしに買い食いを楽しんでいた彼らだが、見覚えのある制服に追われ始め心当たりはないが反射的に逃げる。



「なんだよアレ」


「アニメみたいなシチュエーションだねっ」


「おい楽しむな」



 SCTを利用しない他惑星への移動では太陽光を恐れ、大体サングラスを持参するか切符を購入した際のサービスとして提供されるため、二人はまんまとサングラスがサービスの一環だと勘違いしていた。その為、それを取り戻しにSCTが追って来たことを知る由もない。さらに…



「見つけたぞ、お前らぁッ」



道の角を曲がると、鬼の形相でこちらに向かって来る息の上がった聡介。日本の交通機関を知らない彼はただひたすらに人に都心と言われる場所を尋ね、タクシーを乗っては下りて走り回り虱潰しに探しここまでたどり着いたのである。



「どうしよう、関マネ元陸上部だよ?」


「まずいな、捕まる」



ネビュラは逡巡した後「サキこっちだ」とサキの服の襟を引っ掴み、近くの路地に入って何度も角を曲がり無我夢中で走った。

 結果サキとネビュラは複雑に建ち並ぶビル群を味方につけ、追いかけて来る者たちをなんとか撒いた。



「これからどうしよう」



SaturNが日本に来星していると騒ぎになれば、色んな惑星の報道各社が地球に押し寄せて来てしまう。そうなれば宇宙人の存在を認めていない地球人を混乱させてしまうだろう。



「そうだな…」



先程いた大通りの一本奥にある別の大通りに恐る恐る出た二人が首をひねり頭を悩ませていると、ネビュラの視線の先にある店が建っていた。



「あの店に入ろう」



 女性服の店から買った服に着替えて出てきたサキとネビュラ。



「最悪だ」


「提案したのはネビ君じゃん」



サキにジト目で「違う」と訴えかけるネビュラ。



「地球には服とメイクのセット販売がないことに対してだ。この格好にじゃない」



男女という明確な性別の感覚がない彼らの星では、男性でも女性服を着ることがあるし逆も然りだ。

 普段決まったブランドで同じような服ばかり買う二人は、女性服を着る機会がなかった。にも関わらず――



「びっくりするくらい似合ってるよネビ君」


「当たり前だろ。俺はどんな服でも着こなせるからな」


「星に帰る時何着かここの服買って帰ったら?」


「言われるまでもなく、そのつもりだったよ」



顔が整っている自分はどんな服でも着こなすのだと、通行人の憧れの視線を浴びながらネビュラは言い放った。



「コスメショップは隣の店だな。行くぞ」


「超テンション上がる。可愛くなっちゃうぞっ☆」



―――数十分が経過した頃。



「ネタ?」



半笑いすらせず真顔でサキに問いかけるネビュラ。



「なんでよ。なんでつけ睫毛上手くつけられるの?。俺なんてイモム」


「あーそれ以上言うな。俺は単に器用なだけだ」



店内にいた女性客の痛い視線は、美人なネビュラの横で半泣きになっているサキに集中していた。

 普段はオーバーサイズの服を着ているから気がつけないが、この手のぴったりな服を着ると体のラインがはっきりしてしまうため案外サキはがたいがいいことがわかってしまう。



「…なんて理不尽な世界なんだ」


「お前は意外と肩幅があるからこういう服は似合わねえんだよ」



肩を落として嘆くサキはメイクも酷く、ネビュラはそれを一から難なく直した。今度こそ睫毛は蝶々の様に目元を華やかにしてくれた。

 女性ものの服を買う二人を訝し気に見る女性客や店員の反応から、日本には男女という概念がはっきりしているのだと仮定。

 下手に怪しまれて話題になれば関マネが来てしまうと考えた二人は、念には念を入れてヴィッグも購入。既に別人へと変身しているネビュラには必要ないようにも思えたが髪型でバレる可能性を考慮して、地毛の短髪とは正反対の長髪の物を購入した。

 変装を終えて店を出ると先程追って来ていた制服の連中が目の前を通過した。背筋が凍る思いだったが、彼らは自分たちに気がつかずに素通りしていく。



「いいかサキ、俺たち二人で行動するには輝きすぎて目立つ」



言っている傍からアイドルか読モかと、勘違いした通行人が携帯端末を向けながら二人ににじり寄ってきている。



「ひとまず別行動だ」


「了解。だけどネビ君、この星圏外だよ。持ってる通信機器は使えなくなっちゃってる。どうやって連絡取る?」



携帯を買う手段もなくはなかったが、ここまでで急遽変装のためかなり散財した二人に地球で販売されている携帯端末を買えるような財布の余裕はなかった。



「連絡手段がなくても必ず俺たちは再会できる」



根拠のないことを自信たっぷりに言い切るネビュラに、何故か納得したようにサキも頷く。



「そうだね。何よりも大事なのはSaturNだってばれないようにすることだ」



ふと背中に悪寒が走り遠方をみやれば、遠くから豆の様に小さい関マネが追って来るのが見えた。



「あの人は俺たちがどんな格好をしていようが何だろうが正体を見抜いちゃいそうだよね」



困ったように笑うサキに同調していたネビュラは背を向けヴィッグの長髪をたなびかせる。



「周囲から怪しまれない為にも早く別行動に切り替えよう」


「そうだね」



緊張感なく笑いながらサキはネビュラと反対方向へと歩き出す。



「じゃあまた会おうねネビ君」



二人が左右に分かれた道は十字路で、聡介は二人の名前を叫びながら二人の向かった道のどちらでもない道を脇目もふらず闘牛の様に走りぬけて行ったのだった。

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