第6話 久方ぶりに再会する祖母

     [  聡介 SIDE  ]


 地球へ行く姿を見られたくないと感じた聡介は迷わずSCTへ向かった。彼もまたついているというか、センサーが働いているというか。

 苛立っているせいかやめたはずの爪を噛む癖が再来していた。それに気がつき増々苛立つ聡介は、利用客が待っているというのに姿が見当たらないSCT職員を呼ぶ。



「すみませんねぇ、立て込んでまして」



苛立ちが増していくのを何とか堪えながら「地球に行きたい」とパスポートを見せる。

 SCTのパスポートは、他惑星人の血を引く者が発行出来るものだ。他惑星にある実家に帰省したり祖父母の家に遊びに行ったりするのに毎回大切なものを取られていてはあまりにも酷だということで配慮された代物である。



「おやぁ?、パスポートをお持ちとは」



そんなことはいいから早く手続きをしてくれ、と心の中で文句を言いながら腕時計で時間を確かめようとした時――



「マネージャーさんも色々あるんですね。お疲れ様です」


「いえ…って、なぜ私がマネージャーだと?」



聞くところによると、SaturNファンの間では俺は有名になってしまっているらしい。あいつらがよく俺のことを話題に出すからだろう。



「SCTをご利用される上に行き先は地球。わかりますとも、ええファンですから」



 見せられた携帯端末には、俄かには信じがたいコメントの数々。全て俺の居場所に関するもので、「SaturNを追いかけないで」とか「関マネも二人と旅行?」など俺が見る可能性を考慮したコメントまで存在していた。

(まさかここに来るまでの道中も、ファンにSNSで監視されていたとは…)

 かつてSaturNがデビューしたての頃、出待ちを禁止していなかったためにスタッフと一緒に対応していた俺の顔は一部の古参ファンに割れていてもおかしくはない。

 俺の特徴を示した当時のコメントや身内が書き込んだ投稿を遡って確認し、情報を繋ぎ合わせて俺が二人のマネージャーだと突き止めたファンも多かれ少なかれいるとしても、まさかここまでとは。

 聡介は裏方である自分がここまで注目されるとは思ってもみなかったため、GPSでもつけられているようなという不快感に眉をしかめた。

 そんな彼の心中を察したのかヴィルゴは何とも胡散臭い満面の笑みで、守秘義務があるからと口外しないことを約束した。一方で、逆にあいつらの居場所をダメもとで聞いてみても「守秘義務がありますので」と案の定笑顔で返されてしまった。

 地球と言っても広い。あいつらなら煌びやかな都市でも牧歌的な町でも、それこそ人里離れた野生動物の生息するジャングルだって旅行圏内だろう。せめて地球のどこら辺へ向かったのか聞き出したかったが断念することにした。

 それに聡介も伊達に彼らのマネージャーをやっていたわけではない。

 SaturNはデビューしたての頃、もしも地球で旅行するならという質問をバラエティー番組で冗談半分に聞かれている。そこでサキは日本、ネビュラはアマゾンだと話していたことを、記憶をなんとか手繰り寄せ思い出したのである。

 今回の騒動はサキが言い出しっぺなことから考えると、行き先は日本の可能性が高いと踏み、聡介は日本へと向かうことにした。

 地球での行き先自体は二人に任せられたヴィルゴが選んだのだが、結果としてその判断は聡介に味方した。彼はサキ推しのファンだったため、気を利かせて行き先に日本を設定していた。読みが若干外れた聡介であったが、結果オーライではある。



☆  ☆  ☆



 地球に到着する。

 馴染み深く懐かしい銭湯ののれんをくぐり外へ出る。日本での名前も関口聡介で、俺はこっちに戸籍もあるから地球での手続きは必要ない。

 母に渡された祖母の自宅の住所が書かれたメモを、そのままタクシーの運転手に渡す。親切にもここから徒歩で行ける場所だと教えてくれたので、歩いて向かうことにした。

 幼少期にはここにもよく訪れたものだが、幼すぎて道や土地感覚まではなく右も左もわからないのが正直なところだった。

 それに実家は自星にあり、祖母の家が地球だったために長期休暇の間しか地球に訪れなかったのも理由の一つだろう。

 地球人の血を引いていることでこれからの人生ずっと苦労すると思いもしなかった子ども時分には、よく遊びに行き来していた祖母の家で祖母から地球の話を聞いていた。

 そんな祖母は俺の入学式のために来星らいせいし、帰星して以来、地球から来てくれることはなくなった。

(思えばあれが地球を嫌いになる最初のきっかけだったな)

 きっと理由があると信じ続けるには長い月日が経っていた。嫌われたのかもしれないと思うと、祖母に直接問い質すことに躊躇があった。それを受け止めることが自分には出来ないとわかっていたから、踏み出せなかった。

 いつだって祖母に会いに行くことは出来たが、大好きな祖母に「お前を嫌いになったからだ」と面と向かって言われるのが怖くて会いに行く勇気が出なかった。

 あいつらのせいで地球に行くことになった今、覚悟を決めていた。

 もういい大人なんだ。祖母からどんな言葉を聞いたとしても、消化に時間はかかるだろうが受け止められるはずだ。

 そんなことを考えていると見覚えのある屋根が見えた。玄関前に立つと曖昧だった祖母の家の記憶が鮮明になる。

 綺麗に整えられた花壇や、水を張りメダカを入れた壺、蟻が忙しなく伝う百日紅さるすべりの木を見ると、昔とあまりにも変わっていないことに多少の驚きがあった。

(懐かしいな…)

懐かしさと同時に緊張もこみ上げて来る。深呼吸をして、人さし指をインターホンに伸ばす。



『どちらさまでしょうか』


「あの…聡介です」



すると家の中から慌ただしい足音が聞こえ、表に勢いよく祖母が出てきた。

 もの凄い勢いで抱きついて来たものだから、菓子折りを入れた紙袋を落としてしまった。



「ごめんね、聡ちゃん」



 幼い頃、臆病だった自分には知ることの出来なかった真相はこうだった。

 地球人である祖母は地球とは異なる重力や引力のある他惑星への移動に体力が持たなくなり、地球から容易に出られなくなってしまったのだと必死に弁解する。



「手紙を出そうにも地球には惑星間ポストが設置されていなくってねぇ。電話も出来ないし…寂しい思いをさせて本当にごめんねえ」



 抱きつく年老いた祖母を見下ろしながら、罪悪感で胸が苦しくなる。

 どうして信じ続けられなかったんだろうか。どうしてもっと早く地球へ行く踏ん切りをつけられなかったのか。

 寂しい思いをさせ、ひとりぼっちにしていたのは俺の方だ。

 忙しい両親は末の俺が祖母の家に行くことを渋るうちに帰省しなくなってなってしまったから。

 全部謝りたいのに、子どもの頃のように素直に言葉が出てこない。



「……いきなりとびついてきて、孫を装った詐欺だったらどうするの」


「聡ちゃんは優しいねぇ。だから会いに来てくれたんだもんね」



こんなに大きくなって、と上から下までじっくりと眺められ照れくさくなる。



「ほら、中へお入り。長旅疲れたでしょう?」



玄関の扉を開け足でおさえるところも変わってないな。



「これおばあちゃんの好きなやつ」


「まあありがとう。早速お茶を淹れようね」



 居間でお茶をすすりながら一息つく。

 若い頃は部活でよく走っていたものだが、三十路手前の今では運動もろくにしていない。そんな運動不足の成人男性には、SCTから地球への徒歩の旅路は足に堪えた。

 久しぶりの祖母との再会への嬉しさに浸る間もなく、祖母から衝撃的な言葉が飛び出す。



「さっき銭湯でね、聡ちゃんと同じ星からイケメンな坊やが二人も来たんだよ。久しぶりに本職を全うしたってもんだ」



思わず咽た。



「そいつらどこへ向かったッ?」


「ショッピングって言ってたけど、どうしたんだい。凄い顔してるよ」



畳にボストンバッグを放り出したまま、残りの緑茶を一気に飲み干し「夜には戻る」と告げて今来たばかりの祖母の家を飛び出した。

 まさかまだ祖母が入惑星審査官を続けているとは思わなかった。完全にこうなる可能性を見落としていた聡介であった。

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