第5話 マイペースな二人
SCTを利用して小一時間ほどで地球へ無事到着。
「ここに
銭湯と書かれたのれんを前に戸惑う二人。
「これなんて読むんだろう?」
SCTを利用して行ける移動先は入惑星審査官が務めている入惑星審査場に限られる。地球では数か所しか設立されていないと聞いたが、まさかこんな小さな場所だとは。
二人は銭湯というものを知らない。まず審査官に会おうと中へ入った二人の前に立ちはだかったのは赤と青の選択肢。
「さっき入口にあったひらひらの色違いだ。さっきは茶色で、今度は赤紫と紺色」
単に女湯か男湯かというだけの話なのだが、銭湯を知らない且つ地球の字を読めない二人には色しか判断出来る要素がない。二色ののれんを前に二人が導き出した答えは…
「審査官に会うためには二択のクイズに答えないと会えない形式なのかな?」
「いや、自分の好きな色の方に進んで行けってことかも」
困惑している間にものれんをくぐる人、のれんをくぐって出て来る人にさらに「?」が増す二人。
「悪いサキ、俺もうわからない」
「じゃあ勘で青に進もう。赤紫はなんか、真っ赤になって怒ってる関マネを連想しちゃって」
「だな。それに赤紫は進んではいけない念を感じる」
やっとのれんに手をかけた二人を止めるように、のれんとのれんに挟まれる位置に鎮座した受付から声がかかる。
その受付に目を向けると、先程まではいなかった老人が顔を出した。
「坊やたち手続きが必要な子たちかな」
「坊やって…」
「はい、俺はサキ・トーラスといいます。こっちはネビュラ・カメロパルダリス。入惑星申請をお願いします」
「なる早で」
受付に乗り出すように話す二人を訝し気に見る人はみんな地球人。騒がしい二人が宇宙人だなんて思いもしないでフルーツ牛乳を堪能していた。
「はいはい、そう急かすんじゃないよ。旅行かい?」
「違う、逃ぼ」
「そんな感じです」
慌ててサキの言葉をかき消すネビュラ。
「日本は初めてのようだね」
「…ニホン?。ここニホンなんですか?」
「ああそうだよ」と微笑む受付の老人。
「母が好きなんです。実際に行ったことはないって言ってましたけど、ここが…」
「おや、最初から日本に来るつもりじゃなかったのかい?」
「行き先は地球としか決めてなかったんだ。あの、急いでもらえますか。ちょっと事情がありまして」
「旅行が楽しみで仕方ないんだね。この書類に記入してくれるかい?。坊やたちの地球での名前を決めないといけないからね」
そう言ってゴソゴソと何枚かの紙を受付のカウンターに二枚ずつ並べている。
「もし温泉太郎とかだったら帰る」
「いいじゃん」
彼女に気がつかれぬよう小声で会話していたが、急に声のボリュームが元に戻るネビュラ。
「本気で言ってたらはっ倒すぞ」
「え、本気だった」
盛大なため息を吐くもネビュラのそれは近距離の受付には届いておらず、ちなみに言うとサキにも上手く意図が伝わっていなかった。
渡された埃まみれの書類に視線を落とすが、やたらカクカクしたのがぎゅっと凝縮したような字に眉をしかめる。同じ顔をした二人を見て「ふふ」と笑いをこぼす老人。
「地球にいる間はこのコンタクト型翻訳機を装着しないと他惑星言語は読めないよ。はいこれ二人分ね」
二人の星は言語に優れている星で、他惑星言語をナチュラルに聞き取れ、自星の言葉を他惑星言語に変換して話す能力も備わっているから会話には困らなかったが、読み取りは困難を極めた。
特に漢字はサキが思わず「小さな建物の絵みたい」と言ってしまうほど彼らにとっては馴染みがなく、読解に困難を極めるものであった。
「ありがとう」
翻訳機を装着したサキがふと言葉を漏らした。
「ユイボシ?」
「そう、
「いい苗字。ネビ君もそう思わない?」
目を限界まで開いてやっとの思いで翻訳機を装着したネビュラもようやく会話に参加。何事もなかったかの様にすましているけど、赤くなった目から涙が流れている。ネビ君の弱点は歯医者とコンタクトだ。
「星を結ぶ…正座みたいってことか?」
「それもいいね」
「ならサキはどう思ったんだよ」
「俺?、俺は生まれ故郷の星もこの地球って星も、誰かと誰かを結ぶみたいに異星人同士を結ぶみたいな言葉でいいなって」
しばらく黙っていたネビュラが目を伏せて「凄い想像力だな」と肩をすくめて観念したように呟いた。
苗字だけでそこまで連想できるか、と苗字を苗字としか考えたことのなかった彼は心の中で思い、改めてサキの想像力と感受性に関心する。
「名前のところが空欄だね」
「そこは坊やたちの好きにお決め」
サキは迷うことなく記入。
「俺は
サキは幼い頃、母親が自分に名前をつける際この「咲」という字から音をもらったと聞いていたので、この漢字だけは知っていた。
「いい名前じゃないか。そっちの坊やはどうするんだい?」
そう言われ何か名前のヒントになるものはと辺りを見回すネビュラ。
彼の目に留まったのは牛乳の自販機の横にかかっていた、富士山と躍動感のある高波が描かれた絵。無論本物ではないだろうが、ネビュラはその絵に圧倒されインスピレーションをもらった。
「ナミトだな」
彼の視線を追い気持ちを汲んでくれたのか、老人は漢字を知らないネビュラの口にした音と合うよう「漢字で波人はどうだい。かっこいいと思うよ」と提案してくれた。その提案に乗って、二人の名前が決定。
手続きを終えネビュラの持って来たサングラスをかけると、二人は太陽の日差しからばっちり目を保護する準備を整えた。
「まずはどこへ行くんだい?」
「とりあえず…?」
「ショッピングだな」
どこまでも二人はマイペースなのであった。
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