第4話 素敵な旅を
語調を強め唾を飛ばしながら確かめてくる職員に圧倒されながらサキは「そ、そうですよ?」と答える。
「いつも人の顔を注視しないもので…全然気づきませんでしたよぉ。一生の不覚ッ」
と言うが早いか職員は目にもとまらぬ速さでどこかへすっ飛んでいき、戻って来た彼の手には色紙とサインペン。
「直筆サインで手を打ちましょう」
「ありがとう?」
「職権乱用だな」
恐る恐るサインし終えたサキからペンを受け取り、ネビュラが呆れ半分に色紙に筆を走らせる。
「行き先はどうなさいますか。SNSで話題になっている話の通り地球ですか?」
職員はその姿をなめるように見ながら尋ねてきた。
ネビュラがサキの口を背後から押さえながら口を堅く結び職員を訝し気に見ていると「守秘義務がありますので、ご安心くださぁい」と何とも信用ならない疑わしい答えが返って来た。
しかしどんな返答が返って来ようと地球には行かなければならないので、ネビュラも諦め行き先が地球であることを正直に明かした。
「あんた名前は?」
「疑われていますね」
「まあそれが半分、これが半分ってところだな」
ネビュラが指さした色紙の上部分には「Dear 」と書かれていて、それを見た職員の目は途端に輝いた。
「ヴィルゴです」
ネビュラは「Dear Virgo」と書き込むと色紙とペンを職員へ返した。
「確かに受け取りました。…デビュー曲が収録されたシングルからアルバムまで全て買わせてもらってます」
「サンキューな」
「でも勝手にサインあげたことは内緒ね。最近転売の問題があって関マネがそこらへん厳しくて」
サキとサキ推しであるヴィルゴが握手をして何やら話している最中、ネビュラはふと近場にあったサングラスを二つ手に取る。
「では素敵なトラベルを」
宇宙に横断する先の見えない透明な橋を歩く。構造や細かい造りについては全く知識がなくてわからないが、上手く出来ているらしかった。
急ぎ足で地球へ向かいながらサキはSNSをチェックしていた。
「ネビ君見てよ、みんなの声」
画面を覗くネビュラは炎上しているSaturNの公式アイコンをタップする。とめどなく流れていくコメントに優しく目を細める。
『参謀芋けんぴ サキくん大丈夫かな』
『SaturNライブ待機中 てかライブまでに帰って来るよね?。もし中止になったら担降りします勢挙手』
『緑紫 きっと私たちが想像しない感じで戻って来てくれるって信じてる!』
『隣のお母さん ネビ君のためならおばあちゃんになっても持つわ。って、あたしの方が年上だから生きてるうちにお願いね?』
『焼き鳥 それWWW』
『サキ推し 事務所の許可下りてない系だよね?。そんな無責任なことする人だとは思ってなかった。彼氏にも振られるし推しもこんなだし最悪』
『SaturN沼落ち スランプ、でしょうか…。是非今はゆっくり休んでください。戻って来るの楽しみに待ってまーす』
『仲良し家族卵焼き編 娘も妻も寂しがってます。しっかり休息をして、早く戻って来てください汗笑。僕もお二人の帰りを楽しみにしながら仕事頑張ります』
辛辣なコメントはあるものの、思っていたよりもポジティブで温かいコメントが多く二人は少し安堵していた。
指でスクロールして古いコメントを遡って読んでいたネビュラはふとあるコメントに目を止める。
「なあこの雪白さんって人、『ネビュラ君は色んな惑星に女作りそう』だって。色んな港に女作るみたいに言うじゃん」
SaturNはシンガーソングユニットであってアイドルではないが、やはり女性ファンが多くネビュラの交際事情に目を光らせている者は多い。実際モテる彼は、ありもしない噂を立てられることもしばしば。
だがデビューしてから音楽活動が楽しすぎて、そういったことはないのが事実なのだが。ネットで囁かれる噂の声が大きすぎて、ネビュラの叫ぶ事実は人々の耳にまで上手く届かないらしい。
「ちょっとこれ見てよ、最強のネコちゃさんって人のコメント。『関マネさんも向かってますよ。このコメントを見ていたら急いでください』って…」
目を見合わせ「身内だな」「身内だね」と笑い合う二人。どうやら事務所の内部にも二人のファンはいるらしい。
連れ戻されるかもしれないという緊迫感はコメントによってどこか薄れていて、単純に未踏の地である地球へと向かう楽しさが勝っていた。
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