第37話 見事なフェイドアウト

 祐は緊張した面持ちでサキの言葉を待っていた。彼の熱意は、サキの心にちゃんと届いていた。



「しよう、コラボ」



それを聞くと祐はこれまでに見せたことのない笑顔で「っしゃあ」とガッツポーズをして喜んだ。

 その間も出演出来るイベントがないかと頭を悩ませていた拓馬に、ニックが一枚の名刺を取り出した。



「これは偶然にも、ライブのことで頼れるかもしれない人からもらった名刺なんだ。早速相談してみましょう」



その人物に電話を掛けるニック。相手は携帯端末を仕切りに確認でもしているのか、ワンコールで電話に出た。



「たまたま近くにいたみたいで。十分ほどでこちらに到着するみたいです」



丁度いい機会だし、その人にも自分たちの曲を聞いてもらおうと各々待機する。

 スタジオの扉が開く音がして、皆そちらに顔を向ける。

 駆け寄るニックに聡介が微笑みを返す。



「先日はどう…」



見事なフェイドアウト。



「ま、まずい…」



 サキを見るや否や、目を泳がせながら逃げようとするサキの胸ぐらを容赦なく掴み上げる聡介。



「おーーーーーまーーーーーえーーーーーッ」



目の前で起こっている状況に頭が追いつかないバンドメンバーはただ彼らのやり取りを唖然として眺める他なかった。

 ただ、察しのいい志音と拓馬はある可能性に思い当たり、蒼白しながら二人の間に止めに入った。




     [  ネビュラ SIDE  ]


「ご、ごめんネビ君」



 マネージャー根性と最後の最後に善意から引き寄せた強運でサキの居場所に到着することが出来た聡介は今、サキの首根っこを掴みながら菫荘の玄関先に立っている。

 サキはスタジオでバンドメンバーが見ている前で散々怒られた末に、逃げられないように軽ーく拘束されている。



「…お、おっはー」



引きつる笑顔で何とか挨拶する。途端怒号が響き渡り、何事かと駆けつけた満美ちゃんと愛手の目の前で技を決められる羽目になった。



☆ ☆ ☆



 デジャブだ。今日も鍋を囲んでいる。

 決め技を食らった後、強制連行されずにまるで何事もなかったかのようにちゃぶ台を六人で囲めたのには理由がある。

 サキが関マネと一緒にここへ現れた一時間前に遡る。

 関マネの怒号を帰宅途中の幸人さんが聞きつけ、開け放たれたままの玄関から散々な目に遭っている俺たちを発見。関マネを不審者だと勘違いした幸人さんは、音もなく駆け出して見事な跳び蹴りを繰り出した。それは綺麗に関マネの後頭部に入り、白目をむいて気を失う関マネに笑うしかないサキと呆気にとられる俺。

 理由の一つ目としては、関マネが動けなくなったから。



「お恥ずかしいところを見せちゃったわぁ。仲直りのお鍋よ、沢山食べてくださいね」



誤解も溶け、仲直りの鍋と命名されたキムチ鍋の支度を終えた幸人さんはやけにテンションが高い。



「でも、運命かもしれない。あたしあなたのこと凄く好みなの」


「はあ…」



関マネが幸人さんのドストライクだったことが二つ目の理由だ。

 仲直りの鍋でも何でもいいからとりあえず彼を引き留めたかったらしい幸人さんは、食べごろになった肉を一番に関マネの小鉢によそった。



「すみません、ネビュラがお世話になりまして」


「そんなことないわ。菫荘はシェアハウスだから、家賃が払えない代わりにちゃんと家の手伝いをやってくれてたから」


「ああ」


「ああじゃない」



関マネがいると食卓が尚のこと賑やかになる。



「それにしてもいい男ねえ~」



関マネの肩に手を滑らせる幸人さんも大胆ではあるが、それに動じない関マネにも感心する。



「あら、嫌な顔されるかと思ったのに。脈ありかしら?」


「まあ菫院さんのような綺麗な方にそうされるのは嫌な気分ではないですね」



一瞬幸人は驚いたような表情を見せるも、すぐ眉尻を下げ苦笑した表情に影が差した。



「だってあたし男よ?」


「男?。ああ忘れてました、地球にはそういった価値観があったんでしたね」



要領を得ない顔をする幸人さんに、自分たちの星には性別自体は存在していても、あまりそこに関心がないのだと説明する。



「男だろうが女だろうが、菫院さんが綺麗なことには変わりないでしょう」



なんてことのないようにそう微笑む関マネに「幸人って呼んで、聡介君」となぜかファーストネームを呼びながら、開けないと言っていたとっておきの酒をいとも簡単に開け始める幸人さん。



「僕の星には生物学的な性別っていうのもなかったなー」



入惑星審査の際男か女かと聞かれたため、愛手はよくわからず前者の男と答えたそう。

 元々性別のない星に生まれた愛手は、人間の姿になる時もそこを意識しなかったため、性別のはっきりしない天使のような容姿をしている。見ようと思えば男性にも女性にも見えるような、可愛らしい地球の子どもといった印象だ。



「性別について理解してからは、男の子っぽく?振舞うように努めたんだ。この星ではそれが当たり前っぽいし」


「私の星には性別があるぞ。地球とかなり似た条件の星だからな」


「え、皆さんも宇宙人なんですか」



自分やサキを含め、このシェアハウス初見の者は必ず同じ質問を口にするので、もはや名物になりかけている。

 白菜を鷲掴みにして鍋に投入する愛手が律儀に答えている間に、幸人さんが飲みすぎないようさりげなく酒瓶を彼から遠ざけておく。

 締めにうどんを入れるかラーメンを入れるかで満美ちゃんと愛手が揉めていると、見計らったように関マネが俺たちに鋭い視線を向けてくる。



「お前らサングラス失くさずちゃんと持ってるか?」


「持ってるよ?」


「持ってるぞ?」


「さっさと出せ。お前らは俺だけじゃなくSCTにも居場所を捜索されてる。それを持ってるせいでな」


「「?」」



聡介はSCTのもう一つの仕事内容のことは伏せて、二人に何故かを話した。

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