第38話 その時は私が
一通りの説明を彼から聞いて納得するSaturN。
「大事なものだったんだね。悪いことをしたな」
「俺に対しても少しは謝罪の意を表明したらどうだサキ」
「サキは悪くない。だって持って来たの俺だもん」
「お前か」
「だってサービスだと思うじゃん、普通」
「それは否定できないが…はぁ、まず謝ったらどうなんだ」
聡介が眉間に深いしわを作ると、横からそれを「しわの痕がつくよ」と親指と人差し指でグイッと眉間を伸ばすサキ。
「俺はてっきりヴィルゴが関マネに寝返って、捕まえるのに協力したんだと思ったけどな」
「信用出来ない食えない雰囲気の男ではあるな」
疲労感を滲ませたため息をつく彼にこれまで一体何があったのか、落ち着いたら詳しく聞きたいところだ。
どの麺を入れるか未だに口論していた二人を見かねた幸人さんが、目の前でうどんとラーメンの両方を豪快に鍋へ投入する光景に思わず吹き出しそうになっている関マネは咳払いでそれを誤魔化しながらサキに問う。
「…どうだ。少しは自由気ままに過ごして気分も晴れたか」
予想外の言葉にサキも咄嗟には言葉が見つからなかっただろう。驚いた表情のまま関マネの顔を見上げた。
「うん。今なら歌えそうだなって思うし、新しい曲のイメージもちょっとだけ湧くよ」
「そうか」
どんなに迷惑をかけようと、怒らせるようなことをしても、関マネはいつだって俺たちを心配して寄り添ってくれるマネージャーでいてくれた。
それは昔も、今も。きっとこれからも。
「明後日星に帰る。お前ら二人とも世話になった人とちゃんと別れの挨拶をして来い。それくらいは待ってやるから」
「どうしよう、絶対泣いちゃう」
「同意」
「別に最後の別れじゃないんだ。何か適当な約束でもして一旦別れればいい」
聡介の優しさに、二人ともそれぞれ自分の好きな具を関マネの小鉢に移動する。ついでに嫌いな具も。
「お前ら…本当にこういうところ変わらないな」
そう言う聡介も、解雇がかかっているか否かなど忘れ、純粋に彼らと無事に再会出来たことに内心ではほっとしているのであった。
宴もたけなわになった頃。案の定酔っぱらった幸人さんを介抱していると、関マネの携帯電話が鳴った。
「関マネ電話」
率先して洗い物を買って出ていた彼は「しまった」と言わんばかりに、手に着いた水滴をタオルで手早く拭うと慌てて電話に出た。
「お疲れ様です、セイリーンさん。二人が見つかったので今からサングラスをそちらに持って行きます。はい、失礼します」
どうやら相手はさっき食事中に聞いたSCTの社長のようだ。
「え?、パフェですか。ああ、いいですよ。ではファミレスで」
電話を切ると「お前らも行くぞ。ちゃんと謝れ」と言ってテレビを見ていた愛手と満美に挨拶をすると、酔いがまだ醒めない幸人に水の入ったコップを渡しながら彼にも別れを告げる。
「幸人さんもありがとうございました。キムチ鍋…いや、仲直り鍋もご馳走様でした」
「電話の人、恋人?」
さっきの通話でのやりとりを聞いていたらしい。俺もパフェのワードには引っかかりを覚えたが言及しなかった。
「いえ、今回ご迷惑をかけてしまった社長さんです」
「ふーん。それにしては仲がよさそうだったわね」
つまらなさそうにクッションを抱きかかえた幸人に、聡介は自分の名刺を裏返し何かを書いて彼に渡した。
「俺の連絡先です。先程伺った幸人さんが行っている活動には個人的に興味があるので、またいつかゆっくりお話出来れば」
活動というのは、他惑星から来星した宇宙人の手助けのことだろう。食事の時にその話を聞いて、関マネは酷く感銘を受けているようだった。
「と言っても、地球にいる間しか地球で使っている携帯は通じないので難しいかもしれませんが…」
眉をハの字にして微苦笑する聡介に幸人はソファから飛び起きてその名刺を受け取る。
「その時は私が会いに行くわ」
その様子を見て満美ちゃんは「私が連れて行くんだろうどうせ」と苦笑しながらも嬉しそうだ。嬉しそうなのは愛手も同じ。
残念なことに関マネは鈍感男だけど、こんなに露骨でわかりやすい幸人さんとならもしかすると、と俺も少し嬉しくなる。
関マネは仲良くなりたい人以外に、自分のプライベートの方の携帯の連絡先を渡さない。それに一人称がビジネス用の私から俺になる時は、関口聡介という一人の人間として相手に好感がある時だけだ。
仕事用連絡先が記載された名刺をそのまま渡さなかったことからも、脈ありになりえるぞと幸人さんに耳打ちしたかったくらいだ。
何も気がついてないサキに後で「あれってどういうことだったの?」と聞かれるのが面倒くさいので、それはやめておいた。
☆ ☆ ☆
菫荘を後にして、ネビュラとサキは聡介を挟むようにして並んで歩いた。
(この感じ久しぶりだな)
ファミレスに着くまでの道中、サキは聡介にダメ元で祐たちとのコラボライブのお願いをしてみることにした。
「ネビ君と俺、それから祐のバンド、あ、さっき関マネも見たあのバンドのことね。と、コラボ的なライブがしたいんだ」
「却下」
「えぇ~」
うなだれるサキに横から「初耳なんだけど」とネビュラが可笑しそうに笑う。
「と、ネビュラも言ってるが?」
「絶対ネビ君も演奏聞いたら一緒に歌いたくなるよ。断言できる」
「いや、別に嫌だとは言ってない。ただお前はいつも急だなと思って」
「お前もそうやってすぐにサキにのるな」
二人の頭に優しめの拳骨が落ちてくる。
「…まあ今回は仕方ないよね。ここは俺たちの星じゃなくて、よりにもよって宇宙人の存在を認めていない地球だし」
やけにあっさり引き下がったサキを訝し気に思う聡介だったが、目的地に到着してその疑念は自然と薄れていった。
「お待たせしました」
「いえ。初めまして、SaturNのトーラスさん、カメロパルダリスさん。私はSCTでSEOを努めております、セイリーン・オリオンズベルトと申します」
SaturNの二人はヴィルゴの話を思い出し、
((この人があのオリオンズベルト氏の娘さんか…))
と同時に思うのであった。
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