第42話 当たり前の日常みたいになればいいのに
「あなたが幸人さんですか」
拓馬がステージを下りて走りよると、幸人は「ええ」と頷いた。
「この度は僕たちにこのような素敵な機会を与えてくださってありがとうございます」
しっかりした子ねぇ、と頬に手を当てて感心する幸人。彼に向かって拓馬と同じように他のメンバーとSaturNの二人も頭を下げた。
「当日は私もこの子たちも見に来るから。楽しみにしてるわね」
「はい、是非お友達や職場の方なども誘って見に来てください。うちの先輩たちは凄いんですからっ」
「これ差し入れです」
いそいそとステージに上がった愛手は持って来た差し入れを、すぐ近くにいた祐と樹に渡す。
「手作りの弁当?」
紙袋の中を覗いて祐が呟く。
「はい、僕の自信作なので良ければ皆さんで食べてください」
「俺超お腹空いてたから助かる…ええっと」
「愛手だよ」
「あしゅ君、ありがとう」
彼らの様子を見ていたネビュラに、持っていた段ボールを押し付ける満美。
「衣装だ。こういうの作るのが趣味な可愛い後輩に頼んで作ってもらった。私の友達ならただでいいと言われたとはいえ、ギャラはしっかり払えよ彼女に」
「わかってるって。祐たち五人分もSaturN持ちだから領収書はこっちに渡してくれ」
衣装の到着にはしゃいで早速中身をまさぐるサキの代わりに、容赦ない費用額の書かれた領収書を受け取る。
今まで祐たちは私服でライブを行っていたから、サキからのちょっとしたお礼の気持ちということで彼らに衣装を贈る計画を練習の傍らこっそり進めていた。勿論ネビュラもその計画を知っていて、祐たちには衣装が出来上がるまで言うなと口止めされていた。その衣装代が全てSaturN持ちだということも、彼らには黙っておくように言われていた。
「おおっ、ぴったりです」
衣装に袖を通してはしゃぐニックに満美は自慢げに答える。
「だろう?、うちの後輩は優秀なんだ。その後輩、自星では親が服飾関係の仕事に就いているからな」
「えっ?」
驚いたのはニックだけではない。メンバーみんなが驚いたように彼女に注目する。
「君も宇宙人なのかい?」
たじろぐ志音に問われた彼女は「ああ。そこの愛手もだぞ」と付け足した。あまりにも自然に地球人に溶け込んでいたものだから、みんな驚愕していて開いた口が塞がらないようだった。
二人が宇宙人であるという簡単な説明を受けると、樹が悪戯っぽく「こんな身近に宇宙人っているもんなんだね」とはにかんだ。
気持ち悪がったり怖がったりすることもなく、それまでと変わらない態度でバンドメンバーは衣装の話に戻っていた。
「ねえネビ君」
少しみんなからは距離を置いた場所でアンプに腰かけていたネビュラに、楽しそうに笑い合う異星人同士のやり取りを尊いものを見るようにみつめるサキ。
「こんな光景がこれから先当たり前の日常みたいになればいいのにって思っちゃった」
現実味ないよね、と自身なさげに苦笑するサキの背中を立ち上がりながら叩く。
「なるだろ。それを日常にするために関マネに
自分の目的を否定せず、どこまでも肯定してくれる相方にサキは心底嬉しそうに笑う。
「そうだよね」
☆ ☆ ☆
幸人は聡介に視線を向け「で、今日に至るのよ」と悪戯の種明かしをするように楽し気に微笑んだ。
「あいつら、本当に…」
もう呆れを通り越して感心も通り越して放心状態だ。ここまで勝手にやってくれるとは、後の処理は誰がやらされるんだかな。
目の前では4曲目が終わろうとしていた。諦めたようにため息を吐く聡介の口元は、ここへ足を運んだ観客の顔を見たことで緩んだ。
「あいつらはどこでも人を惹きつける。もはや止められたものではないな」
これではあいつらのやったことを否定できないし叱ることもできなくなってしまうじゃないか。
…ああ、この曲はサキが作曲したものだろう。あいつの作曲の癖や特徴が出ている。どうやら調子の悪かったあいつも完全復活したようだ。
4曲目の音の余韻に浸っていると、ギターを手にした青年とサキが前に出る。二人の前に素早くスタンドマイクが用意された。
「今日は俺たちの演奏を聞いてくれてありがとうございました」
「俺たちはあくまで前座。この後のイベントもどうか引き続き楽しんでください」
どうやら建築会社が開催するイベントの前座だったらしい。宇宙放送局がかけつけていないことを鑑みると、そこまで深刻な状況になっていないようだと安堵したのもつかの間。二人はお互いの顔を見合って、意を決したようにマイクを握り直す。
「そして、最後に俺たちから皆さんに伝えたいことがあります」
その場にいた観客が、二人の真剣な面持ちで変わったその場の空気にざわつき始める。
「実は、俺の隣に立っているのは地球から遠く離れた星に住む異星人です」
思わず傍にいた幸人さんの顔を見てしまう。どうやら彼はこのことも含めて知らされていたようだ。
次の言葉を急くように、ステージに視線を戻した。
「信じてもらえないかもしれませんが、本当のことなんです。俺が異星人の存在を証明できないように、その…皆さんにも異星人がいないことの証明は出来ないと思います。だからどうか俺たちを嘘つきだとは思わないでほしいんです」
会場中が戸惑いの色に染まり始める中、彼は「けど、これだけは今の俺たちの演奏で証明出来る」と臆することなく続けた。
「上手くいかない俺たちの前にこいつは急に現れて、ここまで連れて来てくれました。例え異星人でも楽しさやしんどさを共有出来て、俺は同じ志を持ったこいつと出会えて本当によかったと思っています」
祐が真摯に語る様子を、隣でサキはじっと見据えていた。
「こいつが俺の夢を一歩前に、一緒に歩みを進めてくれたように、俺もこいつの夢を手助けしたいと思い今回はこの場をお借りしました」
話者は代わってサキがマイクに向かって口を開く。
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