第22話 新曲お披露目会

     [  サキ SIDE  ]


 バイトを終えて居候先のマンションに帰宅。ギターの音が少しだけ漏れていて慌てて鍵を開けて中に入った。

 音漏れしていることを伝えると、祐はヘッドホンを外しながら「そろそろ張り替えないとだめだな」と壁に貼られた防音シートを見上げた。隙間や少しのズレもなく几帳面に貼られたそれは、引っ越してきた当時に買ってからずっと使い続けている物の一つで、機材にお金をかけた分防音シートは安物にせざるを得なかったそう。

 家主は「いいよいいよ、私もロックとか好きだし」と寛大だったが、流石にここが潮時だろうとため息をついた。優しい大家さんや同じマンションに住む人の安眠を妨げたくはない。



「祐の話をしたら店長が夜ご飯にってくれた」


眉をひそめながら「夜にファストフードは健康的にどうなんだ?」と文句を言いながらもホットドッグを手に取る。

 新曲の作曲に勤しんでいて、最近はスーパーで半額になっていたお弁当やデリバリーなんかで食事は済ませていた。



「編曲の段階になったらお前にも手伝ってもらいたい」


「わかった。俺が作業してる間はちゃんと寝た方がいいよ」



流しに手を洗いに行くと、部屋から「相方見つかったのか?」とタイムリーな話題を振られた。バイトしに外出してるうちに相方とばったり会えるかもよ、と樹に言われた日からやたらと祐はネビ君と会えたかどうかを気にしてくる。

 けどネビ君の話題になると必ずと言っていいほど祐は機嫌が悪くなるから「うん、今日。住所教えてもらった」とだけ答えて早々に相方の話を終わらせて口を噤んだ。

 沈黙に耐えられないタイプで且つ黙っていることが出来ないサキは結局我慢できず、やっぱり話してしまおうと彼を振り返った。



「バイト先で会ったんだ。居場所は教えてもらったけど、俺まだ祐といたいからしばらく居候させてね」



 躊躇いがちに祐の表情を窺ってみるが



「って、おいー」



もうヘッドホンをつけて作業を再開していた。けれどサキの言葉はちゃんと聞いていたようで「好きにすれば」とつっけんどんに言われた。

 その横顔は拗ねていながらも嬉しそうだった。

 そんな様子を見て、思わず微笑みがこぼれてしまうサキだった。




☆ ☆ ☆




 新曲が完成した日には、メンバー全員がこの家に集まって合宿をするらしい。だから今日は狭い部屋に六人でお泊りの予定だ。

 中学卒業後高校には進学していないサキは六年ぶりに修学旅行のようなことが出来ると前日からはしゃいでいた。

 合宿当日。強化した防音シートに貼り替えた祐の寝室では新曲のお披露目会を行っていた。



「…どう?」



みんなの顔を不安げに窺いながら問う祐。

 みんなが来るまではあんなに「咲、俺は天才かもしれない」とか「最強の新曲が出来た、どうしよう手が震える」とか散々自画自賛していたのに、いざ人に披露するとなるとやっぱり緊張するらしかった。



「いいじゃん、俺好みの曲」


「相変わらず祐さんの曲は素晴らしいですね。僕も多くの人に聞いてもらえるよう広報活動頑張ります」



樹と拓馬が賞賛を贈ると、「サンキュ」と言って彼はニックと志音に体を向けた。



「電話でお前らの要望も聞いて、少し調整したつもりなんだけど」



事前に曲を聞かされていた二人には電話で調整箇所についての相談をしていた。プロのピアニストを目指している志音は高難易度を求め、ドラム初心者のニックは自分に演奏出来る難易度だと助かるとそれぞれ話していたらしい。サキはバイトで留守にしていたため、そのやり取りを知らなかった。



「キーボードパートは高難易度ながらも他との調和を考えて、スマートな感じに仕上げた」



満足そうに頷く志音は早速デモ音源を聴きながら、譜面に書き起こしていく。



「ドラムはシンプルで割と簡単めだけど、すげえ感じに聴こえるように上手くやっといた」


「祐は私にも見せ場をくれる。ありがとう」



大喜びのニックは祐の起こした譜面をもらって早速エアドラムをしてみせる。



「今回編曲は咲がやってくれた。完成度もぐっと上がった気がする」



褒められて鼻の頭を掻いていると、複雑そうに微笑む拓馬が気になった。けど声をかける前に、メンバーも知らない事実が判明したのだった。



俺の眼鏡取って」



祐の考えた歌詞が連ねられたルーズリーフをひらひらさせながら目を擦る樹。エアドラムをやっていたニックは彼の頭を「こら」と言って軽い拳骨を落とす。



「しーちゃん?。新しい彼女の名前をこの中の誰と呼び間違えたんです?」


「もし俺だったら眼鏡叩き割ってやる」



軽くはなさそうな拳をワナワナと震わせ怒りを顕わにする祐を拓馬が「まあまあ…」と宥め、その拳を静かに下ろさせる。



「またコンタクト外したままウロウロして眼鏡の場所がわからなくなったのかい?」



ため息をつきながら「仕方ないね」と洗面所から眼鏡を取って来て樹に手渡すその手は志音のものだった。



「はい、気をつけないと悪気のない咲君に踏まれるよ


「…は?、?」



みんなが混乱する中サキは合点がいったように手を叩く。



「あだ名だよニック。しーちゃんは志音のことだったんだよ」


「てっきり彼女かと…」


「違うって、そもそも今彼女いないし。ちょおーっと痛い目みてね…。ていうかしーちゃんじゃなくてしーくんね。俺たち幼馴染だから」



誤解を解くように説明しながら眼鏡をかける樹。



「ならなんで今までその呼び方じゃなかったのに今更変えたんですか」



ボウガンの矢のように鋭い拓馬の指摘に、樹はニコニコしながら淡々と答える。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る