第23話 咲君のおかげかもね
「実はしーくんの家超厳しくて、志音君って呼ばないと怒られたんだ。でも幼稚園で本人にはしーくんって呼んでって言われてたから」
志音の両親は三人の子どもを自分たちと同じように音楽の道に進ませるため、厳しい英才教育をしていた。特に母親は将来有望で両親にも反抗せず素直だった志音には、彼の友人関係にまで厳しくクラスメイトはみんな彼の母親を怖がって誰も志音と友達になろうとはしてくれなかった。
「いっくんはお母様のいないところでは砕けた呼び方をしてくれて、普通に接してくれて。それがとても嬉しかったんだ。なんせ初めての友達だったからね」
驚きが隠せないメンバーの変わりに楽しそうに昔話を続ける志音と樹。
「そうそう。しーくん、高校に入るまでは友達もママさんに決められてたからね。当然俺みたいなチャラチャラしたのとは関わっちゃダメって言われてたしね。こっそり会ってたけど」
「だって用意された人は友達とは言えないさ」
一人だけ別の意味で驚いていたサキが「地球人って変わってるね」とこぼすと、慌てて祐が訂正した。
「いやいやいや、こいつんちが特殊なんだよ」
「祐さん言い方」
「フォローありがとう拓馬、でも祐の言う通りだから。かといって地球人の普通がこれだってサキ君に説明も出来ないけどね。普通ってなんだろうね、多数派のこと?。それなら俺は多分少数派に入るんだろうね」
「志音の抱える事情は複雑で壮絶ですね」
あまりの話の内容にショックを受けている様子のニック。
すると、祐の隣で拓馬が「あれ」と気がつく。
「僕の質問の答えになってませんよね」
「呼び方を戻したのには特に理由はないさ」
肩をすくめる志音に「けど」と樹がみんなのことを見回す。
「最近メンバーの雰囲気がよくなったから、和んでつい元の呼び名で呼んじゃったのかも」
今までは月に数度全員で集まるか集まらないかくらいで、普段は個々で会ったり会わなかったりの関係だった。サキが来てからは何となくみんなが彼のところに集まるようになって、自然と交流の機会も増えたように思える。
「咲君のおかげかもね」
「俺?」と目をまるくするサキに樹は柔らかく目を細めて頷いた。
「理由はわからないけど、咲君がいるとその場が明るくなるよ」
素直に「そう言ってもらえて嬉しいな」と喜ぶサキの頭を彼は条件反射的に撫でていた。
「目キラキラさせて子犬みたいだなぁ、よしよし」
「いぬ?」
サキの星に犬はいない。
「みなさんはいいですよね、もう大学生で」
一人だけ高校生である拓馬は、大学生メンバーとカリキュラムが会わずになかなか自由にメンバーに会うことが出来ない。
拗ねる最年少を「こまめに連絡してるだろう?」と励ます最年長の志音。
「少し前まではあんまり自分の気持ちを主張しなかった拓馬がこんな可愛いことを言うなんて、メンバーの仲が深まったから急に寂しくなっちゃった?」
もう一人の最年長にそうからかわれ、拓馬は照れ隠しでなぜか関係のないニックを突き飛ばす。ニックは背後にあったベッドに「わふっ」と大げさに倒れ伏す。
「そう言えば拓馬、ちゃんと家の人に今日のこと伝えたのかい?」
「はい、家を出て来る時に。友達の家に泊まると」
「それ彼女だと思われているかもしれないね」
「うちの拓馬もそんな歳になったのか…なんて思われながら見送られてたかも」
悪戯に笑う最年長コンビ。
「前から気になっていたんだけど、拓馬は好きな子はいないんです?」
「ニックこそ」
新曲そっちのけで雑談に花が咲く。
金曜の夜から日曜の朝まで一緒にいる予定なのだから少しくらいいいだろうと、祐も目を瞑って珍しく雑談に自ら混ざった。
「次は俺が質問していい?」
いつの間にか各自自由に布いた布団に寝転んでいて、質問者であるサキに視線が集まる。
「目が悪いってどんな?」
目の悪い樹と拓馬が「え?」と驚いたように呟き、他三人もそれぞれ驚きの表情を浮かべている。
ちなみに樹は遺伝的に目が悪い。普段コンタクトのイケメンだが、オフの時には眼鏡をかけたイケメンである。
拓馬は受験の時期に勉強をし過ぎて視力が落ちた口だ。眼鏡をかける程ではない為、見えない時は多少目つきが悪くなる程度にとどまっている。
「どうって…視界がぼやぼやぁって感じ?」
樹から「かけてみる?」と言われ、渡された眼鏡を受け取りかけてみたサキだが違いがよくわからない。
「ごめん、わからないや。ねえニックのも貸して」
「これは度が入っていないオシャレのためのものだから」
彼はオシャレとして眼鏡をかけているから度数が入っていない。フレームだけの時には拓馬に容赦なく目潰しされている。
サキの住む星出身の宇宙人は五感に優れているが、特に視覚は規格外だった。どんな状況下でもピントが合うし、失明してもすり傷が治るのと同じように時間が経てば回復する。それでも太陽による失明を彼らが恐れるのは、その回復の過程が激痛だと噂で聞いていたからだ。それに目玉が完全に溶け落ちてしまったら見えなくなってしまうので太陽を恐れていたが、地球に来て太陽はそこまで危険ではないとサキは学習した。
地球人なら、目が悪くない人が度の入った眼鏡をかけているとぼやけて見えるが、それすらもサキにはないのだ。
「視力0.1ないんだったよな?」と祐が尋ねると樹は頷いた。
「では咲さん、例えばですが樹さんは眼鏡を外すと恐らく」
横になっていたニックを丸太のように転がして樹の傍まで移動させる。
「この距離にいるニックさんの顔の輪郭すらはっきりしないんだと思います」
そう言って大きなあくびをしたニックを指さす。
「ふうん」
ぼやぼやぁとかはっきりしない言葉で説明されてもイマイチよくわからなかった。一通り観察し終えると、眼鏡を返す。
「ファッションとして楽しむ分には目が悪くなくてもかけられるから、今度素敵なグラスを販売しているショップに一緒に行きますか?」
「ほんと?」
「もちろんっ」
この調子で、みんな眠ってしまうまではサキの星と地球との違いで盛り上がった。
サキはふと宇宙戦争のこと、収録後に聞いてしまった陰口やSNS上で見た心無いコメントの数々を思い出すが、すぐに意識の外へ追いやった。
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