第24話 愛手の過去

     [  ネビュラ SIDE  ]


 バイトが出来ないとわかれば家事だろうと思い、一週間の家掃除洗濯食事の準備の多くをネビュラが担当させてもらうことになった。

 早速今日の夕飯の買い出しに行こうと準備を始めようと動いたところで…



「なあ全身鏡なかったか、ここに」



居間の端に追いやられていた全身鏡がなぜかなくなっていて、メイクポーチと女性服をかけたハンガーで両手が塞がっていたネビュラは身支度が出来ずにその場に立ち尽くしてしまう。




「これから二か月はないぞ」


「愛手のためなのよ」



愛手は今引きこもり中だ。何となく理由を聞かない方がいいのかと思いずっと聞かないでいた。まさかこんな形でそれに直面するとは。



「メイクしたかったのか?」



床を這っていつの間にか足元にいた満美ちゃんが顔を覗いてくる。



「怖えよ、普通に近づいて来いよ」



鏡で見ながらでないと流石のネビュラでもメイクをする自信がなかった。洗面台にある鏡にも愛手のためにと幸人さんが布を貼って使えなくしていた。

 素直に頷くと満美ちゃんはニコリともしないで「私がやってあげようか」と申し出てくる。



「んじゃお願いするわ」


「千円徴収~」


「金ないんだってば」



ネビュラの手から「冗談だよ」と淡緑色のメイクポーチを受け取ると、状態を起こして胡坐をかいて座る。一指し指でネビュラの顎を下から掬い上げる。

 すると地獄耳なのか何なのか自室から幸人さんが床を振動させながら、スキップしてやって来た。その手にはヘアアイロン。



「髪はあたしにいじらせて」



 近くのスーパーに行って戻って来るだけなのにいつも以上に可愛くなってしまった。

 レジにいる時も、心なしか周囲の視線がいつもより集まっていたような気がする。

(逆に目立ってどうするんだ俺。これじゃ本末転倒だ)



「何か収穫はあった?」


「レジの兄ちゃんにアドレス書いた紙レシートと一緒にこっそり渡されたくらいだな」



幸人さんはいつも新商品や珍しいものを必ず買って来ては大体失敗するらしい。買い物が俺のチョイスになってからは外れなしだ。

 でも今日は特に変わったものは売っていなかったから、夕食の材料と愛手が好きなプリンを買って帰って来た。

 冷蔵庫に食材をしまいに行く前に、愛手の部屋の前で立ち止まり声をかける。



「プリン、冷蔵庫に沢山入れとくから。食える時に食えよ」



そんなネビュラを見て切なげに肩を落とす幸人さんと満美ちゃんだった。

 正方形のちゃぶ台は、四人揃わないと一人分ぽっかりスペースが開いてしまう。



「…波人君が来てからは四人だったから、慣れないわね」


「二か月すればまた四人で食える。今だけの辛抱だ幸人さん」



(愛手のやつ、出てこないな)

全然食べることに集中出来ずにいたネビュラの箸からミニトマトが逃げたのを、満美ちゃんが真顔で叩きつぶす。条件反射で動いただけで彼女に悪気はなかったが、まるで蚊を仕留めるかのような殺意と素早さで、流石のネビュラもハッと我に返る。

 黄色とも黄緑色ともつかないトマトの中身が無残にも飛び散っていた。



「わ、悪い」



心ここにあらずといった様子のネビュラを見た幸人は、長い睫毛を伏せ「ふう…」とため息を吐きそのまま箸を置く。



「波人君は悪い子じゃないし話しても愛手は怒らないと思うからあたしから話すわね、彼のこと」



 愛手には、完全に部屋から出て来なくなる二か月おきの引きこもりタームがある。それは本人から聞いて知っていたけれど、それがなぜなのかは誰も教えてくれなかった。

 これまでは話に聞いていただけだったので、いざ彼が引きこもってしまうと理由がより気になった。

 あんなに明るくて頼りがいのある愛手が引きこもらなければいけない理由、それは一体何なのか。



「どこから話したものかしらね…」




☆ ☆ ☆




 愛手の本当の名前はアグリーといった。

 誰もが彼を醜いと蔑み、両親でさえもその名をつけるほど醜い見た目をした彼を憎んでいた。

 彼の星は決まった形を持たない流動的な身体を持った宇宙人が生きていて、彼らは皆美しい見た目をしていた。だから愛手は醜いというただそれだけの理由で星を追われた。

 行く当てもなく宇宙を彷徨い続けた彼の目に、どの星よりも美しく輝いて見えた星が地球だった。

 地球に降り立って直ぐに海外にある一番大きな入惑星審査場で手続きをした。

 形を持たない彼らは、同時にどんなかたちにも姿を変えることが出来た。

 愛手は地球に降り立つとコンプレックスである自分の見た目を隠すために、愛らしい人間へと姿を変えて滞在することにした。

 見た目が良いとこんなにも優しくしてもらえるのかと感動もしていたが、その反面醜い自分を肯定することはどんどん難しくなっていった。

 美しい地球というこの惑星に住む人間なら、こんな自分でもありのままを受け入れてくれるのではないかと一縷の望みを抱いていたが、あっけなく砕き散ってしまった。

 もう二度と元の自分の姿にはならないと心に誓った愛手だったが、地球の環境は彼には相当きついものであった。頻繁に変わる温度、巡り行く季節。それら全てが形を保つにはエネルギーを要するものだった。

 そんなある日ついに体力が尽き、腕が変形してその部位だけ元の姿に戻ってしまった。その時には既に人間たちに紛れて上手く生活していた彼はパニックになって人気のない路地裏へ逃げ込んだ。

 しかし逃げ込んだ先には一人の男がいた。よりにもよって自分が羨んで嫉妬してやまない美しさを持った人間が。

(この姿を人に見られた…殺そ)

見られたくない姿を見られ、その人間を亡き者にしようと殺気立つ。

 それなのに、その男は顔色一つ変えずに話しかけてきた。

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