第45話 「普通」は都合のいい言葉

「きっと宇宙人と交流を持つことで、新たな出会いや文化や技術も生まれると思ったわ。けど、同時に宇宙人を受け入れられない人やそこから発生する諍いや差別みたいな問題も必ず生まれる。デジャブなのよ、こういうことって」



 幸人は身を以て体験していた。新しいことがどれだけ浸透しにくいものか、人と違うことがどれだけの差別を生み孤立してしまうのか。サイレントマジョリティーの声は届かずかき消され、届いたとしてもそれが世の中の当たり前になるまでどれだけの時間を要するのかを。そしてそこに属する者がどれだけ傷ついて生きずらさを感じているのかを。

 自分と同じような思いを、様々な事情を抱えて地球へやって来た宇宙人にしてもらいたくなくて、幸人は宇宙人を陰で密かに支え助ける活動をしてきた。



「でもあの子たち言い切ったの」





『俺たちが居場所になる。どんなに嫌なことがあっても自分にはSaturNがいるって思ってもらえるように、これからもずっと俺たちはSaturNでいるよ』


『俺たちはどんな小さな声も聞く。それで色は沢山あった方が綺麗だってこと、俺たちの歌で必ず多くの人に伝えてみせるから』





「正直、夢物語だと思ったわ。けど、その時あなたの言葉を思い出した」


「俺ですか?」



頷く幸人は、その言葉を言われた本当に短い時間に思いを馳せるように静かに瞼を閉じた。



「あなた『男だろうが女だろうが、菫院さんが綺麗なことには変わりないでしょう』って言ったのよ」



現実に戻って来た幸人は瞼を開き、嬉しさに目を細めながら聡介を見つめた。



「それで私気がついたの。あんなに差別を嫌っていたあたし自身が、自分を普通と言われる人たちと比べて差別してるって」



 宇宙人である者との交流によって、意識の変化があった。そんな風に自分と同じような喜ばしい経験を全く違った価値観を持つ宇宙人と交流するという斬新な変化を経ることで得る人が他にもいるかもしれない。その可能性を潰したくはないと、あの出来事を通して幸人は思ったのだった。



「あの時ああ言ってもらえて、救われたわ。私は普通と違って生まれたあたしを好きになれずにいたけど、ちょっとだけ好きになれた気がするわ。ありがとね、聡介君」



 人と違うことは個性だ。

 「普通」はいつからか生まれた都合のいい言葉。流動的で変化ある多数派な何かを一括りにした概念。違う色を持った人々をいっしょくたにして、同じ色であることを求める残酷な言葉。

 そんな中でも自分の色を見てくれる、周りと同じ色でないことを当然のこととして認めてくれる人との出会いがあれば、その人自身もまた普通の色というものに囚われていたことに気がついて、普通の色などない――どんな色でいたっていいのだと気づかされるのかもしれない。

 地球人の血が濃く自星で虐げられてきた自分の姿を、聡介は少しだけ幸人に重ねた。



「…もし俺があなたの立場だったら、同じ決断をしたかもしれません」



ステージ上で輝く土星を困ったものだといった目で見守りながら、そうこぼす聡介の横顔を嬉しそうに盗み見る幸人。



「もし他惑星の人と交流を持つことで、私みたいに救われる人がいたなら素敵よね」


「それであいつらに?」


「ええ、協力しようって決めたのよ。何事も何かを恐れていちゃ始まりもしないんだから」



SaturNはほんとに手のかかるやつらだけど、確実にその存在で、歌で、演奏で、誰かの人生を大きく好転させている。

 誰かを救える歌を、あいつらは届けられる。

(いつまでも観客でいるわけにはいかないな)

また必ず会うことを約束し、聡介は幸人に別れを告げて向かうべき場所へと向かった。




     [  SaturN SIDE  ]


 ライブが終わると、二人は気持ちのいい汗をかいていることに気がついた。ステージの下で待っていた拓馬からありがたくタオルを受け取る。

 撤収作業を全て任されてくれた幸人に改めて感謝を伝えると、HAPPY GALAXYの七人は会場の隅で反省会ではなく細やかなお別れ会を始めた。

 初めのうちはライブで感じた熱気と興奮のままに、みんな口々に感想を述べていた。差し入れでもらっていたお菓子の封を開けたりジュースを飲んだりしながら、ライブの成功を喜んだ。

 次第に別れの時が近づいて来て、騒がしかった場が嘘のように静まり返る。



「じゃあまたいつか」



サキの別れの言葉はあっさりしていた。それはこれがサキにとって、一時的な別れに過ぎないから。そうするためにも、自分たちにはこれからまだやらなければならないことが沢山ある、と。

 寂し気に二人を見送るバンドメンバー。堪えていた涙を流してしまったのは祐だった。



「祐、泣いてるの?」



驚きの感情を含んだ樹の声に、背を向けて歩き出していたサキも思わず振り返る。



「悪い。また寂しい一人暮らしに戻るのかと思ったら急に」


「違うでしょ。もう…こんな時まで素直じゃないんだから」



「クソッ」と言いながらとめどなく流れる涙を拭う祐の肩に、ニックが優しく手を置いた。

 そんな祐に手を差し出すサキ。



「必ずまた遊びに来るよ。それに祐にはもう絶対に揺るがない仲間がついてるんだし、寂しい一人暮らしには戻らないよ」



その手を力強く握り返す祐。



「…そうだな。てか、約束は絶対守れよ?」



鼻をすすりながらも笑顔を見せた祐を見て、サキは彼の手を離した。



「俺たちに、前に進むきっかけをくれてありがとう。またいつか、同じステージの上で演奏出来るようにこっちも死ぬ気で頑張るから」


「うん。応援してる」



サキと祐の間に生まれた新たな絆に少々嫉妬心を覚えながら、ネビュラもまた見送りに来てくれた幸人たちに別れを告げる。



「まあお前らは簡単に会えるだろうけどな」



既にSCT利用者で且つ宇宙人である愛手と満美は可笑しそうにクスクスと笑った。



「幸人さんが新たに立ち上げるプロジェクトを手伝うことになってるから、しばらく忙しくて会えないと思うよ」


「それにお前たちはこれから関係各所のバッシングの嵐に遭う。そう簡単に「久しぶり」は言えないとみた」



新たなプロジェクトとは一体何なのかを尋ねようと幸人さんに目を向けたところで、号泣する彼に気圧される。



「なんれ《何で》みんら《みんな》そんらに《そんなに》れいれいで《冷静で》いられるののぉ《いられるのよぉ》」



幸人さんはこういったシチュエーションに弱いらしい。

 わんわん泣いている幸人さんを慰めながら、サキと共に今までお世話になった人達に頭を下げる。

 地球で出会った最高の仲間たちに見送られながら、二人は先に自星に戻った関マネを追いかけるように自分たちの星へと帰ったのだった。

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