第44話 ずるいよな、お前らは
要領を得られずにいる幸人さんに何も言えずにいると、その説明をネビュラがステージ上から話してしまった。
「みなさんも見たことがあるこの流れ星、実はこれは惑星と惑星を繋ぐスターコレクトトラベルという機関が生み出しています。惑星間を移動する人から切符代わりに大切な物を頂き、その思いの詰まった物を空から降らせることで、それを見た人々に再び夢や希望を与えるという仕組みです」
「みなさんも是非、SCTを利用して俺たちの星に遊びに来てください」
ステージを映していたモニターのうち数台の映像が切り替わり、『地球人もSCTを利用して、宇宙人に会いに来て!』という文字が大々的に表示され点滅していた。
その背景にはイメージキャラクターの可愛らしいイラスト、もといサキとネビュラを模した二等身で描かれたキャラクターも映っている。
その誘い文句を映したモニターを見て、野外のライブ会場では驚きと驚嘆が伝搬した。
しかし間奏が終わり再びサビへ向けて音が激しくなると、耳を劈くほどの歓声が観客から上がった。
暗い会場にはとめどなく空を駆ける星の煌めきが流れ込み、ステージを輝かせていた。
楽し気な声に、何の催し物かとただの通行人だった学生や社会人が足を止める。
突如観測された流星群にテレビ局が駆け付け始めた。
会場は混沌としていたが、その中心ではサキとネビュラが思いをぶつけるように歌い、その思いはその会場に集まった人々に連鎖しているように見えた。なぜなら、みんなサキやネビュラと同じ表情をしていたから。
「あんたもグルだったのか」
「関係者席をご用意いただけるとのことでしたので。ふふっ」
「あいつら勝手にッ」
観客の笑顔につられるようにして歯を見せて笑うSaturNを眺めて満足そうにしているヴィルゴは完全にSaturNのファンの顔なのだろうと踏んでいたが、彼の表情は意外にもSCTの職員としてのものだった。
「割に合わない仕事しちゃいましたねぇ。関係者席には座れても、次のライブチケットを買うことはしばらく難しくなりそうです」
「おい、それって…」
「彼らの計画にのった時点でSCTをクビになる覚悟は出来ていましたから」
盛り上がっている観客の中で静かに佇むセイリーンさんに気がつくと、ヴィルゴは彼女に向かって歩き出した。
「聡介さんが羨ましいです」
去り際ヴィルゴは肩越しに振り返った。その顔はもうSaturNのファンの顔になっていた。
「お二人は最後まで言っていましたよ」
『関マネなら絶対わかってくれる』
『きっと関マネはこの後に起こる騒動から俺たちを守るために、矢面に立ってくれようとすると思う。だけど今回ばかりはサキ・トーラスの全てをかけてでも関マネを守るよ』
『あいつにだけ負担かけさせられないもんな』
『そうそう。俺たちの――SaturNの大事なパートナーだからね』
去って行くヴィルゴから、ステージ上で歌うサキとネビュラに視線を戻す。
「ずるいよな、お前らは」
幸人に断りを入れて徐に電話をかける聡介。サキとネビュラがこの後に計画していそうなことは、長年あいつらのマネージャーをしてきた自分には大体予想がついた。
二人は自由奔放だが、考えなしに行動を起こすバカではない。
電話が繋がると、いつも地球に在中し地球でSaturNの出没を見張っているテレビ局の人間が矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。どうやら二人が開くと言ったらしい謝罪会見の会場や時間の細かな詳細について教えてほしいとのことだ。その話は、宇宙にいる本部の人間がわざわざ来星して伝えにきたというくらいもう既に宇宙でスクープになっているらしい。
なんとも頭が痛い。
こんな一大事に事務所の社長ではなく一マネージャーである自分に電話をよこすということは、あいつら迷惑をかけると思って退所してきたんだな。で、緊急連絡先に俺の電話番号を各所に伝えやがったな。
あの社長のことだ。いくら可愛がっているSaturNと言えども、自分の保身には代えられなかったんだろう。保身が云々以前に、SaturN以外の所属シンガーやタレントを守るという意味でもあいつらを手放すのはやむを得ない選択だろう。
「…ということは、だ」
今は使えない自星の携帯に、二度目の正式な解雇通知が届いていることだろう。確認せずとも、そんなことは明らかだ。
SaturNを連れ戻すという約束が果たせなかった以上、再雇用が白紙になるのは仕方がない。
そもそも連れ戻したとして、口約束でしかなかった再雇用について白を切られる可能性も否めなかったわけだけれども。
当然どちらもまだ実際に聞かされたわけではないが、大方そういうことだろうと確信する聡介。
電話を切ると、幸人さんに肩を叩かれステージを見るよう促された。
「凄いわね、あの子たち。今回のことが上手くいけば、地球でも宇宙人の存在が認知されるわ。いいことも悪いことも起きるだろうけど、あの子たちにはそれと向き合ってどうにかしていく覚悟があるから、そんな二人を応援する声はきっと絶えないわ」
あたしも頑張らなくちゃ、と両頬を叩いて気合を入れる幸人を見て聡介も気合を入れる。
「しばらくの間は無休ですね」
ジャケットから名刺入れを取り出した幸人に「あたしは地球からあなたたちの力になりたいから」と名刺を渡された聡介。
「こう見えてこのイベントを主催した会社のCEOなのよ?。新しい事業の立ち上げも考えているから、何か力になれることがあったら遠慮なく言って」
聡介は半ば呆れたように苦笑すると、その名刺を受け取った。
「本当に遠慮しないと思ってください」
ふと周りに視線を巡らせた幸人さんは、目じりを下げて微笑む。その視線の先を追えば、満美さんは会社の部下と思われる方々と、愛手さんは恐らくバイト先の仲間とそれぞれライブを観ている。
彼らの表情はどれも晴れやかで、そして恍惚としたもので、これから始まる新たな地球の在り方に期待を膨らませているようにも見えた。
「私、実は反対したのよ」
この計画を知らされた時、意外にも幸人は猛反対していた。
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