第31話 自己嫌悪
「…羨ましいよ」
祐だってみんなが、と言いかけたサキの言葉をやんわりと制した。
祐も今まではサキのように思うことをそのまま言ってきた。だけどそのせいで、バンドメンバー以前に友達ができなかった。
自嘲気味な笑みをこぼしながら、サキから目を逸らす。
「今のメンバーはやっとの思いで集めたんだ。またはっきりものを言ったらバンドをやることすら叶わなくなる。そう思ってた」
各メンバーの欠点に薄々気がついていながら、それが理由ではっきりと指摘出来ずに今日まできてしまったと言う。
「今までは上手くいってたんじゃなくて、薄っぺらい関係がギリギリ維持されてただけだったんだ。そんなバンドに魅了される観客なんて、よく考えたらいるわけねえよな」
今日まで何となく活動が続いてただけだと、祐は嘆息しながら背をベットに預けた。
彼の頬をしたった涙は、ギターケースに落ちてぽつぽつと音を立てる。
サキはそんな祐の顔を覗き込んだ。
「見るなよ」
「祐の夢はなに?」
「…今のメンバーで、デビューすること。俺はともかく、他の奴らの夢さえしばるような夢を見てるってことはわかってるんだ。だから笑うなよ」
笑わないよ、とサキは声のトーンを落とした。
「人の夢を嗤う人間は、自分の夢を捨てた人だよ。誰かの夢を嗤うより、夢を追いかけて悔し涙を流す方がよっぽどいい」
「また随分と辛辣だな」
けど、サキは静かに続けた。
「夢を捨てた人にまた夢を見たいと思わせることが出来たなら、素敵だよね」
呆気に取られていた祐は腕で目元を擦って、「だな」と歯を見せて笑った。
「大丈夫。みんな今日まで楽しかったからバンドを続けてたんだ。そうじゃなかったらもっと前にこのバンドはなくなってる。必ず戻って来るって、リーダーの祐が信じなきゃ」
「お前が相方を信じるみたいに?」
首肯するサキに、祐は小さく笑って鼻をすすった。
「お前は何でそう自信満々に…。まあいいや、ちょっと元気出たよ」
☆ ☆ ☆
あれから二か月が経とうとしていた。
完全に気まずくなってしまって、この二か月間全く祐たちの誰とも顔を合わせていなかった。
時々ニックからは根気よく、戻って来てほしいといった旨のメールをもらっていた。けれどもう少し時間がほしくて「ごめん、今は無理」と、あの子がどんな気持ちでメールを打ったか思い至らないわけではないのに、素っ気ない返事をしてしまっていた。いつもなら気を回せるところでも、今の自分にそこまでの余裕はなかった。
静かな雨の降る夜ある決心をして、翌日には祐たちには教えたことのないスタジオに来ていた。
「久しぶりだな」と誰に言うわけでもなくそう呟いて、自分で押さえていたそのスタジオへの階段を下りる。
半地下にあるスタジオの透明な扉を押し開けて中へ入ると、先客がいた。
「今日が土曜日で良かったよね」
「いっくん、おはよう」
まだ日も昇らないうちに、眠れずにいた樹は志音に連絡を取っていた。来るか来ないかは自由だと。
ここは二人の苦い思い出が詰まったスタジオだから。
「平日だったら大学休んでたわ」
後が怖いから休めない、なんて返事が返ってくるかと思いきや「もしそうだったら俺もリアルな嘘考えてお母様に嘘をついて、大学を休んでいっくんの誘いに乗ってたよ」と志音は悪戯っぽく笑った。
「どうせ連絡見てすぐここに来たんでしょ」
彼のことだから窮屈な家にいたくなくて、口実が出来ればすぐに家を飛び出しただろう。それが例え深夜であろうと、抜け出せる隙さえあれば抜け出すはずだ。
このスタジオの扉はネットでお金を支払うと借りられるオンラインキーで解錠出来るので、貸主に鍵を借りなくても済む利点を活かして二十四時間いつでも使用可能だった。深夜志音に連絡を取った際、借りたオンラインキーを彼にも送信して共有しておいたのだ。
先に来ているだろうことは何となく察しがついていたから、二人分の朝食を購入してからここへ来た。
ここへ来る時間を少しでも稼ぎたかっただけかもしれないけど。
「その様子だと、二か月前いっくんも咲君に何か言われたんだね?」
「そうそう。しーくんが帰った後結構きついこと言われてさ。柄にもなく怒って出てきちゃったんだよね。あー反省だわ」
それまで軽やかに演奏を続けていた指を止め、志音は意外な出来事に「珍しいね」と視線を鍵盤から樹に向けた。
「年下の子に図星つかれて機嫌損ねて、大人げないことまで言っちゃった。ほんと自己嫌悪」
「感情的になって部屋を飛び出したのが年上二人なんて、かっこ悪いことこの上ないね」
「自分が情けないよ」
志音がバンドをやってもいいと思ったきっかけは、仲間と心を一つにして演奏するその行為に興味があったからだった。これまでの独奏スタイルとはまた違ったスタイルを経験して、今後の自分に活かしたいと考えていた。
「味見感覚だったけど、新しいスタイルを学ぶために真剣に取り組むつもりで始めたことだった。なのにいつの間にか独奏に戻ってて、そのことに気がついてもいて、でもプライドが邪魔をして気がつかないふりしてた。咲君に指摘された時恥ずかしくてその場から逃げたけど、後からそのことがどんどん悔しくなってきて、結果今ここにいるって有様さ」
胸中を一気にまくし立てた志音は、眉尻を下げて自分を見つめている樹に気がつくと「何だい?」と首を傾げた。
「しーくんは二年前と変わってないね。ちょっと羨ましいくらい」
「いっくんだってここにいるってことは変わってないんじゃない?」
「変わったよ。…音楽をテキトーにやれちゃうくらいには」
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