第32話 また本気で
二年前、二人は祐と同じようにデビューを目指していた。歌うのが好きな樹と音を奏でることが好きな志音は大学入学後直ぐに意気投合し、祐にバンドへ勧誘される前どころか彼が大学に入学する前から活動をしていた。
「一晩考えて出した答えなんだけど、俺は音楽に今でも真剣でいられるしーくんに劣等感がある、…と思う。本気でデビュー目指して、でもどんなに努力しても報われなくてそれが苦しくて夢を手放しちゃった俺と違って、しーくんはいつまでも夢を捨てずにいられていいなって」
デビューを目指すことを提案したのは樹の方だった。樹にとって歌うことは、自分の人生と切り離せない大事なものだった。それを仕事にできたらどんなにいいかと夢見ていたのだ。
志音にも夢を語ると、彼も同じように音楽に関わる夢を抱いていたことを樹は知った。
二人はなんとか休学させてもらい毎日努力を惜しまなかった。CDを制作して販売したこともあったし、それを持って色んな事務所に片っ端から自分たちを売り込みに行って追い払われたことも多々あった。
それでも二人の夢は、彼らの笑顔を絶やさせまいと輝いていた。
「ある日急に見切りをつけちゃった俺はさ、それ以来何かを本気でやるのをやめちゃったんだよね」
地べたに腰を下ろしながら「なんかごめん、愚痴っぽくて」と誤魔化すように詫びた。
すると志音は頬を膨らませて「なら俺も言わせてもらうけど」と冗談っぽく言ってのけた。
「俺なんて好きになる女の子全員からいっくんが好きだってフラれたことあるから。それにいっくんみたいな自由は俺には一生手に入らない。羨ましいと思ってるのはお互い様、ということだよ」
「隣の芝は青く見えるってやつだね」
一度バンドデビューという夢を諦めてしまった二人は、これまで熱く語り合っていたことに気恥ずかしささえ覚えて、休学明けにはそのまま自然と距離が遠のいてしまっていた。
そんな時に祐が入学してきて、皮肉にも二人を再び音楽の夢に巻き込んだ。
「祐にバンド入らないかって誘われた時もさ、正直あの時のことがあって「神様、これ何かの皮肉ですか?」って思っちゃったよね。関係ない祐にまで苦しめるようなこと言っちゃったし」
「俺本気でやんないけどいいのー?、って言ってたね」
「覚えてたの?、性格悪いなぁ」
よくわからない灰色の管がむき出しの天井を仰ぎ「あーだっさ、マジで」と嘆く。自分でも笑えてくるくらい、祐に対して放った言葉は反省している。自分と違って夢に向かって頑張れている子に、つい羨ましくて意地悪したくなったのだ。気がつきたくなくて目を逸らした、醜い男の嫉妬。
周りからかっこいいかっこいいと黄色い歓声を浴びる人生だったけど、こんな情けない中身を知られたらきっと幻滅されるんだろうな。
「俺の性格が悪いだって?、ブーメランでしょ」
「ははっ、その通りだね。性格悪いのは俺の方」
「冗談だよ、真に受けないでよ」
また本気で、音楽を。
樹はマイクをセットし手に取ると、一曲歌う。例の新曲だ。
「歌が下手とか言われた方がまだ改善しやすかったよ。本気ってことを伝えるための歌い方ってどんなよ?って困っちゃうよね」
「俺も同じようなところで躓いているよ」
志音は樹の買って来たパンをたいらげると、包みを丁寧に畳む。
「まずは二人は合わせてみよう。お客さんともメンバーとも一体になれる演奏の練習に付き合ってくれる?」
「しーくんも俺の歌が本気に聞こえるか教えて」
そうして樹と志音による二年ぶりの猛特訓が始まった。
太陽が完全に昇り地上階から僅かな光が差し込むのにも気がつかず、二人はノンストップで練習を続けた。
こう工夫した方がいいのではないか、それでは観客に伝わらない等と相談しながら昔のように試行錯誤していく。
樹は久々に歌いながら汗を流した。志音は徐々に一体感というものを理解し始めていた。自分の見せ場と樹の歌のサビが重なる時も、遠慮はせずしかし彼の声が最大限に活きるように譲るべきところは譲って。
二年前に戻った気分だ、と樹は思ったがすぐにその考えを打ち消す。
「二年前より今の方が楽しくない?」
「そう思うよ」
二人は徐々に騒がしくなるスタジオの出入り口にさえ気がつかないほど熱中していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます