第33話 鍋を囲みながら
[ ネビュラ SIDE ]
愛手が元の姿のまま外を歩ける日は来ないだろう。愛手のことを知らない地球人が彼を見たらきっと半狂乱になって、大騒動になりかねないからこればっかりは仕方がない。
しかし、変化はあった。
引きこもりタームだった愛手は元の姿でも、幸せそうに鏡の置いてある部屋で過ごせるようになっていた。
体から放出されていた粘液も、彼の精神状態に依存する物の様で、今は全く見受けられない。部屋を汚してしまうという心配も彼の中からなくなり、愛手は徐々に元気を取り戻していた。
二か月経って愛手の体力が戻り、人間の姿を保てるようになって数日。
菫荘の前の公道に立っていて微動だにしない怪しげな人影が見えると怯える幸人さんに促され窓の外を見る。
今日は天気が悪く、街灯の少ないこの道は真っ暗だった。しかしネビュラの驚異的な視力によってその人物が誰なのかが直ぐに明らかになった。
玄関の戸を開けると、明らかに気を落としたサキが無言で抱きついて来た。
「ネビ君どうしよう、俺友達に言いすぎちゃった」
(お候先の住人と喧嘩でもしたのか)
よくわからないまま背中をポンポン叩いてやっていると、背に隠れ何かをぶつぶつと呟いている幸人さんを連れながら、愛手も手をバキバキと鳴らしながら戦闘モードで玄関にやって来たようだ。
振り返らずとも不審者に対する殺気を感じたが、それがどうやら不審者ではなさそうだと察した愛手は「もしかして、相方の咲君?」といつもと変わらない声音で問いかけて来た。なので「そう。相当落ち込んでるけど」と説明しておいた。
謎の人物が不審者ではなくサキだとわかった途端「今日はお鍋に変更ッ」と叫んでキッチンへすっ飛んで行った幸人さんは置いておいて、さっきまで敵意むき出し状態だったのに一変して穏やかな表情を浮かべている愛手をサキに紹介する。
リビングに移動しようとしたタイミングで満美ちゃんも帰宅したので、廊下で自己紹介が渋滞する。
「ああ、この前カフェオレとホットドック頼んでくれた波人の相方君だ」
「美味かったぞ。次は愛手と幸人も連れて行こう」
二人は一度ファストフードのワゴンで店員と客として会っているが、あの時は自己紹介ができるような状況ではなかったからな、主に俺が。
「みんな、お鍋の準備出来たわよ」
「はーい」
リビングへと駆けていく愛手を不思議そうに見送りながら「今日鍋だったか?」と満美ちゃんに尋ねられたので、サキが来たから本来予定していた夕食でなくなったことを告げる。
「というか、メニュー変更した割に準備早くないか?」
「幸人はいつでも鍋が出来るように、鍋に必要な物は常にストックしてあるんだ」
答えた満美ちゃんは何故か俺にスーツの上着を預けると手を洗いに行ってしまった。
あからさまに元気がないですといった態度のサキを「話は飯食いながら聞くよ」よ慰めつつリビングへと足を向けた。
☆ ☆ ☆
幸人はよく「みんなで囲める料理が好き」と話していた。みんなが落ち着いて食事が出来るようにと外食を避けているせいか、この家のキッチンの収納にはホットプレートやタコ焼き機、鍋用の調理道具などが沢山隠されていた。愛手に買いすぎだと言われ、年に一度キッチンだけで数日かかる断捨離が行られるほどらしい。
自宅で楽しめるそれらの中から、今日は鍋が選抜されたようだ。
小さなちゃぶ台のギリギリのスペースに鍋の具材の乗った大皿が置かれ、会って早々意気投合した愛手とサキが隣同士に並んで座った。
「もう野菜は食えるよな?」
「ええ。それじゃあいただきましょ」
幸人さんの声掛けと共に、賑やかな食事が始まった。
サキが地球でもサキという名前であることに幸人さんが興味を持って、話題は愛手のバイト話から名前の話に移行する。
「どうしてサキに〝咲〟の字を当てたの?」
「実は母さんがニホン好きで」
「咲の母親、地球人なのか?」
「そうじゃないんだけど、何かで地球について調べた時にニホンを知ったらしくて。俺らの星は暗いから、太陽光が必要な花は咲かない。だから花が好きな母さんは、季節によって咲く花もその表情も違うニホンに憧れてたんだ」
花が咲き誇るというイメージから自分にサキという名前をつけてくれたのだと、サキは嬉しそうにする。さっきの落胆ぶりが嘘のような笑顔で、少し安心した。
「お母様は日本に来られたことはあるの?」
「ないよ。俺は母さんと二人暮らしだったから金銭的にあまり余裕がなくて」
サキはいつも大きな仕事が入る度に、母親をいつかニホンに連れて行って旅行させてあげたいと言っていた。少し落ち着いたら休暇をもらって二人で行けばいいと我ながらいい提案をしたところで、「波人の名前は、どんな風にしてつけられたんだ?」と満美ちゃんに話題を振られてしまった。
家族の話題を最も苦手とするネビュラは顔をひきつらせた。
(その話題を振られないように静かにしてたのに…)
「…言わなきゃダメ?」
「いいじゃん、全然恥ずかしくなんかないよ。俺はいいなって思うよネビ君のお父さんとお母さん」
本当にそう思っているのだろう。あの話をまた聞きたいと言わんばかりにこちらを見るサキの視線と、他三人の「え、なになに?」という好奇の視線が一斉に集まる。
「その…母親が父親に逆プロポーズしたのが
父親も母親もこれから生まれる子どもに自分たちの思い出となった場所の名前をつけたいと考えて、生まれる前から名前が決まっていた。
「あらぁ、素敵じゃない」
「ロマンチックなパパとママなんだね」
幸人さんはそう言って胸のあたりで両手を組み合わせ、微笑む愛手は鍋の灰汁を取っている。
「二人とも星に関連する名前だけど、家族みんなそうなの?」
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