第28話 辛口

     [  サキ SIDE  ]


 翌日、早速スタジオを借りて新曲を演奏することになった。

 スタジオは都内のビルの三階にあって、そこは祐たちが気に入ってよく借りるスタジオの一つだった。ここは二階の楽器屋が運営しているスタジオで、ドラムやギターなど口に触れない楽器なら何でも貸し出してくれる。マイ楽器を持っていないニックでも、安い値段でレンタルが可能なのだ。マイクなんかの設備も整っているため、樹にとってもいい環境である。

 サキはこのバンドメンバーに飛び入り参加をしているだけなので、いつ抜けても祐たちだけでバンドが成り立つように、誰かが既に担当している楽器を持つか樹とボーカルをやるようにして参加していた。

 そんなこともあって、ひとまずサキと拓馬には客役を担当してもらい四人で合わせて演奏してみようという話にまとまった。

 各自数時間自主練をした後、全員で合わせてみる。



「どうだった?。素直な感想がほしい」



祐を含め四人とも満足そうにしている中、サキは険しい表情をしていた。普段はふにゃりとした笑顔を浮かべている彼の引き締まった表情を見て、四人は緊張したようにサキの言葉を待った。



「本当に素直に言っていいの?」


「ああ、頼む」



なら遠慮なく、とサキは率直な感想を述べた。



「今の演奏、何も伝わってこなかった。心を揺さぶられるような、惹きつけられるような魅力が一切感じられない」



集客してもファンがつかない理由がわかったよ、と感嘆するサキ。



「うわぁ、想像以上に辛口…」


「具体的な指摘もしてくれるか」



顔を引きつらせながらドン引く樹は他人事のように苦笑し、それとは裏腹に祐はさらに酷評を求めた。



「じゃあまず祐はギターとばっかり心を通わせてるように見えた」



 扱う楽器と向き合うのは大事はことだ。彼が愛用しているギターと真剣に向き合って演奏しているのは、それなりにギターに熟達している自負のある者にはわかるだろう。けれどそういった技術面の努力はステージを見上げる一般人には伝わったり伝わらなかったりする部分だ。

 観客に伝わる音楽は、観客と心を通わせようとしていないと生まれない。



「ギターと同じくらいお客さんと向き合うことも大事だ。今のままじゃお客さんの目に祐はただのギタリストとしか映らない。ギターを弾かない観客にはギターの演奏技術は伝わりにくい。だからどれだけ上手く弾いていても、観客が楽しめた演奏をした人の方が観客にとっては上手いギタリストなんだよ」



観客と心を通わせて一体となる素人のギタリストと、観客と心を通わせないその場から浮いた玄人の祐では、前者にファンがつく可能性の方が高い。

 弾く演奏なら、その努力がわかるのは同じギタリストだけ。聞かせる演奏なら、音に乗せて観客に自分の努力だって伝えることが出来る。

 デビュー当時他のシンガーソングユニットに演奏技術で劣っていたSaturNは、ギターを弾くことばかりに気が向いていた時期があった。その時が一番演奏技術に磨きがかかっている時期だったにも関わらず、努力は報われずそれどころか巷では「SaturNの低迷期」と囁かれていたしまっていたくらいだ。

 それがどうしてなのかわからなかった二人は、ある時ライブが終わった後ファンの顔を全く思い出せないことに気がついた。その時、サキとネビュラは自分たち自身でSaturNに足りていない努力に気がつけた。



「別に自己満足でバンドやってるなら今のままでもいいと思うよ。けど観客に自分の曲を聞いてもらいたいって欲があるなら、その気持ちを伝えるような弾き方をしないと」


「わかった、そこを重点的に意識してこれからは弾いてみる」



厳しいことを言われることを覚悟していただけあって、祐は酷評に動じなかった。



「俺は完璧だったでしょう?」



志音が鼻高々といった様子で尋ねてくる。



「そうだね。演奏はもちろんだけど、特に魅力的だったのは観客に向けた弾き方。だけど他のメンバーと合わせようって気が全くないよね。演奏が群を抜いて孤立してたよ。あれじゃ独りよがりもいいところだ」



 志音は祐よりも玄人感が主張された演奏をする。だけどそれと同じ熱量を観客にも向けていた。

 自分や自分が奏でる音楽に酔うくらいの方が芸術は高められる。音楽との一体感も出るし、その一体感に観客を巻き込む力も志音にはある。流石、といった感じだ。だけど…



「志音は祐とは対照的だ」



祐は観客に向けて演奏はしていないけど、他のメンバーの存在を意識して弾いていた。逆に志音は観客に向けて演奏はしてるけど、他のメンバーの演奏を無視して自分ばっかりの弾き方がバンドとしての魅力を下げている。



「志音のことだから自覚がなかったわけないよね?」


「そうだね、けど仕方ないじゃないか。それとも、ニックのレベルにあわせろって言うのかい?」


「そうじゃないよ。ほら、今のでわかった。志音ははなからメンバーに合わせようって気持ちすらない」



このままもしもバンドが軌道に乗って名が売れて有名になれたとしても、早い段階で志音だけソロとして引き抜きの話が来てしまうだろう。そして今の志音のままではその話をきっと断らない。



「俺は俺のやり方を変えるつもりはないよ。プライドがあるからね、低いレベルに合わせるなんて御免だよ」



そう言って荷物をまとめ出入口へと向かおうとする志音を「すみません。だけど待って、志音ッ」とニックが止めようと声をかけるが無慈悲に扉が閉まる音がする。

 肩身が狭そうに身を縮めて俯いた彼は視線だけ上げた。



「次は私かな。お手柔らかに」


「…続けていいの?」

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