第29話 何もかも凄くテキトー
確認するように祐を見ると「このバンドが現状から次の段階へステップアップするには避けて通れないことだ」と頷かれ、サキは静かに続けた。
「わかったよ。ニックは…」
「わかってるよ、みんなの足を引っ張ってることは」
「え?、そんなことないよ。ニックは演奏のレベルはそこまで高くないけど、それ以外の点においてはメンバーの誰よりもよかった」
観客役であるサキや拓馬に自分の感じている楽しさを音にも視線にも乗せて贈っていた。ニックの感じている楽しいが伝わってくるから、自然と拓馬も他のメンバーではなくニックの動きばかりを目で追っていた。
それからニックはメンバーとも頻繁にアイコンタクトを取ろうとしていて、何より一番演奏することを楽しんでいるのが伝わってきた。
「祐と志音の欠点にも初めから気づいてたんでしょ。だからかもしれないけど、ニックのドラムには時々不安の色が見え隠れしてた」
「まさかそこまで見抜かれるなんて…流石プロだ」
「気づいてたなら何で今まで言わなかったんだニック。あっ、その…責めてるわけじゃない、から」
前よりも物腰柔らかな言い方を心掛けている祐に気がついたニックは、彼に優しく微笑みかけると「それは」と言葉を紡いだ。
「楽しくバンドを続けたかったから、下手に場の空気を悪くしたくないなと思ったんだ」
それに、とニックは目を伏せる。
「二人とも私とは違って楽器を昔からやってる。だから初心者の私から何か言うことは出来なかった」
寂しそうに笑うニックを見かねたのか、彼の肩に手を置いて樹がフォローする。
「同じバンドのメンバーなんだから、楽器やってる歴関係なく対等なんじゃない?」
「樹の言う通りだ。気にするな、そんなことは」
ニックはこのメンバーにいなければならないキーパーソンだ。楽しむ音を奏者が忘れてしまったら、奏でる音に人の心を動かす力は宿らない。メンバーがそのことを忘れかけた時には、彼が彼の演奏で思い出させることが出来るだろう。
それに本人は初心者であることを引け目に思っているようだけど、個人でも相当ドラムを練習しているニックの演奏はもう初心者のそれではなかった。熟達した祐や志音と一緒に演奏していると、本人すらそのことに気がつけなのかもしれない。
「順番的に次は俺かな?」
「ううん。次は拓馬」
「えっ、僕ですか?」
驚く拓馬に向き直り、じっと見つめるサキ。
「本当は楽器の演奏でこのバンドに関わりたいんじゃない?」
さっき演奏を聞いていた時の拓馬も、これまでの拓馬も、裏方として見守る目というより羨望の眼差しを彼らに向けていた。
「そ、それは」
ただ黙ったまま拓馬を見据えるサキに彼は参りましたと嘆息する。
「確かに咲さんの仰る通りですが、僕には楽器を扱うセンスも技量もないので無理ですよ」
サキはそこで「え?」と心底驚いているといった表情をした。ここまであんなに酷評を飄々と述べていたのに。
「自分で無理って思ったの?」
「え、ええっと…母や弟にセンスがないと言われて…」
なんだ、と安心したようにリノリウムの敷かれた床に寝そべった。
そんな彼の言っていることの要領が得られず首を傾げている拓馬を見て、サキの言いたいことが分かった祐が代弁する。
「自分で無理って決めつけなければ誰に何て言われようと無理じゃないってことだろ、咲が言いたいのは」
(無理って言葉は誰かが誰かに言う言葉じゃない。言うとしたら自分が自分にだ)
「拓馬はさ、無理かもって気持ちと楽器やってみたいって気持ち、どっちの気持ちで胸がいっぱいなの?」
サキは反動をつけて起き上がると、いつの間にか正座になって話を聞いていた拓馬に意思を確認するように前のめりになる。
「楽器がやりたいのかどうかは正直よくわからなくて。僕は裏方なので、皆さんが織りなす一体感の中に自分は入れていないような気がして。楽器でこのバンドに参加すればその輪の中に入れるような気がしているだけな気もするんです」
両こぶしを握り締めたまま膝に強く押し付けて俯く拓馬の肩に手を置いて、上げられた顔を覗き込む。
「拓馬が無理って決めつけなきゃ、可能性は無限大だ。それこそ宇宙みたいにね。一体感に自分も混ざりたいなら楽器挑戦してみて、違うなって思ったら違う方法を試してみてもいいじゃん?」
「咲さん…はい。無理と決めつけず、自分がどうしたいのか少し考えてみます」と言いながら見つめ返して来る拓馬の頭を優しく撫でる。
終始その光景を他人事のように眺めていた樹の隣に移動する。
「お待たせ樹」
「どんな辛口な指摘されるのか楽しみだな」
サキは少し迷うような素振りを見せてから意を決したように口を開く。
「こんなこと言っていいのかわからないけど、最悪だった」
樹は年齢関係なくフレンドリーに接してくれるだけでなく、世話焼きでみんなのお兄さんのようなところがあった。多少女癖が悪いのも愛嬌と許されていたし、実際いいやつなのは確かだった。
バンド活動においても積極的に参加していて、場の空気を読むのが上手いおかげで揉めそうな雰囲気になればすぐ和ませている、このバンドのムードメーカー的存在だった。でも――
「何もかも凄くテキトーにやってる感じ」
「そっか、どうしたらいいかなぁ」
ヘラヘラと笑う樹にサキは何かに気がついたように「ああ」と嘆く。
「そうやって笑って自分のこと誤魔化してきたから、メンバーのほとんどが気づいてないのか」
「どういうこと?」
「樹はこのバンドのガンだよ」
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