第30話 ネビ君を信じてるから
「ちょっと待ってください」と一番に抗議したのは拓馬だった。今までこのバンドの活動は樹がいたからこそ継続し続けられて来たと言っても過言ではないと主張された。
「音楽制作やバンドの方針に関しては主に祐さんが、個性豊かなメンバーを常にまとめてくれていたのは樹さんです」
上手くいかない時フォローするのは樹で、バンドメンバーのモチベーションを保ってきた樹には本当に助けられて来たと拓馬は思い込んでいるようだった。
「それに樹さんが集客をしてくれた時はいつもよりライブを観に来てくれる人も多かったんです」
「でもそのお客さんが離れていくのも樹のせいだよ」
「そんな…」
「じゃあみんながバンドのことで落ち込んだり喜んだりする時、樹はみんなと同じ熱量で落ち込んで喜んでたの?」
言葉に詰まった拓馬の代わりにニックが首を横に振る。
「けど樹は感情の起伏があまりないだけで」
「そうかもしれない。でも俺は樹がバンドにそこまで本気じゃないから悲しくも嬉しくもないんだと思ったけどね」
すると低い声で「咲」と止められた。
本気じゃないことを一番許せなさそうな祐が、矢継ぎ早なサキの言葉を制止した。
状況が呑み込めずにいると、樹が全く困ってなさそうに困ったようなため息を吐いた。
「祐に言わせるのは可愛そうだから俺からちゃんと話すね」
ある一つの可能性に思い至ったサキが最も懸念した残酷な一言を樹はつらつらと言ってのける。
「咲君の言う通り、本気じゃないからさ俺」
樹は理由も合わせてなんてことなさそうに、髪の毛をいじりながら続けた。
「咲君は知らないかもしれないけど、俺は楽しくバンドやれればいいんだ。真剣にとか言われても無理なんだよね、そのつもりがないから」
部屋にいる他のメンバーの顔を見回す。みんな俯いていて、この話は自分以外みんな知っているようだった。
「大学生の間は楽しくバンドやって、卒業したらそこそこの企業に就職して。だからこれは単なる思い出作り。祐だってこの条件を飲んででも俺をボーカルにスカウトしたわけだから、誰にも文句とか言われたくないんだけどな」
「樹…」
「わざわざ言いたくなかったなあ、こういう空気になるから」
刺々しく言い放った言葉の矛先はサキだった。
「真剣じゃないやつが残ってるともっと空気悪くするよね、今日は帰るよ。次のスタジオ練習、俺が来ること期待しないで~」
終始にこやかに話しているものの、悪意のこもった言い方だった。
スタジオから樹がいなくなると、部屋に残された四人のうち拓馬とニックも顔を見合わせ立ち上がる。
「すみません、僕もここで失礼します」
「志音も樹もいなんじゃ練習を続けるのは難しいから、私も今日は帰るよ。ごめんなさい」
あからさまに落ち込んだ様子の二人を励ますように、出来るだけ明るい声で「お疲れ」と別れを告げる祐。その声には隠しきれない疲労感と諦念が混ざっていた。
四人が帰ってしまうとスタジオにいる意味もなくなり、スタジオの掃除をしてから祐はサキと共に自宅へ帰宅する。
部屋は静まり返っていた。
本来であれば、明日も合宿が続くはずだったけれど、そうもいかなくなってしまった。
肩を落としたままギターの手入れを始める祐の背中を、口を閉ざしたままベッドの上で見つめるサキ。
「ごめん」
「謝るな」
「だってみんな気分悪くしたでしょ」
音楽のこととなると歯に衣着せぬ言い方しか出来ない自分の言葉で、人を傷つけてしまった自覚があっただけにサキも相当落ち込んでいた。
もっと別の言い方が出来たのではないか、どうしていつもそうしてしまうのかと自分を責めた。
しかし指摘したことに関しては何も後悔してはいなかった。バンドのような複数人で一緒に手を取って歩んでいく選択をしたなら尚のこと、自分の欠点に気がついて直していくことは必要なこと。
でも気をつけなければいけなかったと反省している。自分と違う他人と手を取るということは、何もかもが些細なことで、一度強く繋いだ手でもいとも簡単に解けてしまうということだ。現に、今本当のことを言った自分の言葉で、一つのバンドが崩壊しようとしている。欠点の気づかせ方が他にあっただろうにと、その点に関してサキは深く後悔していた。
ライバル同士であったバンドが仲間割れを起こして解散していった下積み時代のことをサキはよく覚えていた。けど言うべきことを言わずには前に進めない時もある。人と何かを成し遂げていくのには、その兼ね合いが難しいのだ。
(その兼ね合いを間違えちゃった気がするな…)
サキが一人反省する一方、祐は事の顛末を冷静に捉えていた。
「何落ち込んでんだよ」
「だって」
「自分の指摘が間違ってると思うなら、今からでもみんなに謝って来い。けど俺はお前の指摘が間違ってたとは思わない」
黙ったまま愛用するギターをしまう祐。
「お前には相方がいるって言ってたよな」
「ネビ君のこと?」
こちらに向き直り、真剣な眼差しでゆっくりと頷く。
「その相方はお前のきつい指摘を受けても一緒にいてくれたんじゃないのか?」
そこで初めてサキは祐ではなく、今は離れた場所にいる相方のことを考えた。
サキがネビュラに思いを馳せる様子を、祐は少し寂し気に見つめていた。
「そうだね。それにネビ君も言われっぱなしじゃなくてめっちゃ言い返して来るし、意見の食い違いで喧嘩もしょっちゅうだったけど、離れずにどんなことがあっても一緒にいてくれたよ」
相手の指摘を受け入れないとさらなる高みの自分へ――SaturNにはなれないとお互いに知っていたから耳の痛い言葉にも耳を貸すことが出来た。
「それにネビ君を信じてるから」
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