第35話 名刺

      [  聡介 SIDE  ]


 セイリーンさんも加わったところで、捜索を再開する。が、今日も二人を見つけることは出来ず、これといった手がかりも見つけられなかった。

 変わったことと言えば、帰宅した時にひたすら謝っている祖母と「本当に、大丈夫ですから」と祖母を気遣う見知らぬ青年がいたことくらいだ。

 祖母にわけを聞いたところ、玄関先で持っていた植木鉢を落として割ってしまったのを通りすがりの彼は、道路に散らばった破片を親切にも一緒に拾ってくれたらしい。

 しかしその破片で彼が指を切ってしまったという。

 どうやら俺が見たのは、丁度手当てをしたい祖母と、大したことないからと帰ろうとする彼のやり取りだったらしい。



「それにね、この子音楽やってるって言うのよ。それに支障が出たら申し訳ないと思って…」



彼は破片を拾いながら祖母に、バンドをやっているんだと楽しそうに話してくれたそう。



「切ったのは指先だけなので問題ないです。本当に大丈夫ですから」



いくら大丈夫と言われても、同じ楽器を扱うやつらのマネージャーとして放っておくことは出来なかった。胸ポケットから名刺入れを取り出して絆創膏と一緒に名刺を渡す。



「ではどうかこの絆創膏だけでももらってください。それと何か今日のことで後に治療を受けるようなことがありましたら私に連絡してください」



それから、と聡介は付け足した。



「何か力になれることがあるかもしれません。もしバンドのことでお困りのことがあれば気軽にご連絡ください」


「…わかりました。何かの時には頼らせてください、聡介さん」



申し訳なさそうに礼を言いながら絆創膏と名刺を受け取り、手を振って去って行く彼を見送る。

 腱鞘炎だろう、袖口から覗いた両手首には湿布が貼られていた。ドラムを真剣に頑張っていることが伝わってくる、何とも気持ちのいい青年だった。

 自分たちの世界には舐め腐った新人が有名税だけで華やかな舞台の上に立っていることも多い。彼のような真面目で努力を惜しまない誠実な青年は久しぶりに見たかもしれない。

 素直に応援したくなった聡介は自分が異星人であることを忘れ、地球人には読めない字で書かれた名刺を渡していた。読めるのは…そう、地球人でも読める漢字表記の氏名とどちらの星でも共通の数字くらいなもので。



☆ ☆ ☆



 例のファミレスに集まり情報交換をするも、二人の足取りはなかなか掴めない。



「明日探してみつからなかったら、ニホンでの捜索は打ち切りましょう」



そうするのが妥当だ。日本にいる可能性も捨てきれないが、これだけ探しても見つからないとなると他の場所を探すことも視野に入れなければならない。

(俺の勘はあいつらがまだ日本に、しかも近くにいると言っているんだけどな)

しかし自分の勘だけで皆さんを振り回すわけにもいかない。SCTのみなさんには既に多大な迷惑をかけてしまっている。一秒でも早くあいつらを捕まえてサングラスを取り戻し、謝罪させて自星に連れ帰らねば。




     [  サキ SIDE  ]


 休み時間を告げるチャイムが鳴り響いた。窓から見えるグラウンドでは、前の授業が延長しているのかジャージを着た下の学年の生徒がドッジボールを続けている。教室を見渡せば、点在するいくつかの小グループが談笑している。

 次の授業に必要な教科書やらノートやらを机上に並べ、することがなくなった拓馬は制服のポケットから携帯を取り出す。

 画面をスクロールして目的なくただ何となくチェックしていたSNSに、気になる投稿を見つけてタップする。今も止まらぬ沢山のコメントが書き込まれては下へと流れている。

 まるで黄色い歓声が画面越しに聞こえてくるような錯覚に囚われた拓馬は、たった今投稿された写真を見て友人に「石峯は早退しましたと先生に伝えておいてください」と早口で告げると、机上に並べたものを無造作に鞄に流し入れる。

 これまで無遅刻無欠席無早退の記録を持つ彼が早退する様子を驚愕しながら見送る友人に気を配っている余裕もなく、スクールバックをリュックのように背負って教室を飛び出す。

 件の写真と一緒に撮影場所の住所が投稿されたコメントを見て、そこがぎりぎり徒歩で向かえる距離だとわかり、その場所を目指して全力疾走した。



「あらら、こんなことになるとは」


「それだけよかったってことさ」


「嬉しくなっちゃうってそんなん。じゃあ、もう一曲いっちゃおっか」



 地下へ続く階段で歓声をあげる人々を押しのけて、何とか目的地の貸しスタジオに辿り着く。

 目の前には最高のパフォーマンスを繰り広げる樹さんと志音さん。二人の本気が伝わってきて、自然と頬が熱くなる。

 アンコールを終えたらしいタイミングで、まだ演奏の余韻にさんざめく観客をライブ会場の係員の様に的確に誘導し人払いを手早く行う。

 それを済ませると拓馬はやっと、二人の元に辿り着くことが出来た。



「なんですか、今のッ」



興奮しているせいか声が大きく、そして上ずってしまう。まだ顔が熱い。



「いやぁ…咲君に色々言われて気持ちを改めたっていうか。ね?」


「う、うん。そうなんだ」



 二人は決して二年前のことは口にしなかった。苦い経験は二人の中だけで共有していればいい。祐たちに余計な心配や気遣いをさせなくたっていい。もしも彼らが躓きそうになった時には、一度挫折したお兄さんたちから少しでも何か役に立つアドバイスをしてあげられればそれでいいと、樹と志音は言葉を交わさずとも意見を一致させていた。

 拓馬はスタジオの床に背負っていたバッグを煩わしそうに放り出して直言する。



「先輩たちが僕に相談もなしにライブなんてやってるから、早退するはめになりました」



という割に、拓馬は悪戯をこっそりと打ち明ける子どものような表情をしていた。

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