第34話 向かった先で人助け
愛手の疑問に、満美ちゃんも同意するように顔を上げた。
サキはサキ・トーラス、トーラスがおうし座を意味する。ネビュラはネビュラ・カメロパルダリス。カメロパルダリスがキリン座を意味している。自星では珍しくもなんともないよくある苗字だが、愛手や満美ちゃんの生まれた星では珍しいのかもしれない。幸人さんの反応だと地球では珍しいどころの沙汰ではないらしい。
彼らの疑問にはサキが答えた。
「大体そうだね。母さんはサイナス、白鳥座。ネビ君の両親は…」
「ノーススターとキュノスラだ。北斗七星と、こぐま座の星の二等星の名前」
ネビュラには兄である自分よりも家族内で幅を利かせている強い権力を持った妹二人と気の弱い弟が一人いるため、順に星の名を言っていく。
「素敵」を連呼する幸人さんは、新たな具材を鍋へ投入しながらふとサキに目を向ける。
「ところで、咲君。うちに来た時落ち込んでたわよね、何かあったの?」
サキは「あっ」と落ち込んでいたことを思い出して、再び肩を落とす。
「今居候させてもらってる子祐っていうんだけど、祐は何人かでバンド組んでて…」
(類は友を呼ぶって言うけど、まさかそんなところにいたとは)
居候させてもらうまでの経緯や、これまであった楽しかった思い出に話を脱線させながら、やっと本題に入った。
「祐の作った曲をみんなで演奏してそのダメ出しを頼まれたんだ。それで言い過ぎちゃって」
「結果バンド崩壊、なんてな」
よそった木綿豆腐を崩しながら満美ちゃんが笑うが、どうやら図星だったらしい。彼女は気まずそうに「悪い、冗談のつもりで言ったんだが」と詫びのつもりなのかサキの小鉢に肉を沢山よそう。
「当たらずとも遠からずって感じだよ。言った内容に後悔はないんだけど…」
「どうせまた言葉を選ばなかったんだろお前」
弱々しく頷くサキを愛手が慰める。
さらに話を聞けば、きつく言ってしまったせいで、練習していたスタジオから二人帰ってしまって、その後残りの二人も重い空気に耐えかねて帰ってしまったという。
それから二か月もの間全員集まっての活動が行われていないという。
「祐って子のこと泣かせちゃったんだ?」
「愛手君、何でわかったの?」
「咲くんが話してくれたこととその落ち込み具合を鑑みれば、簡単に予想がつくよ。サキくんはきっと何よりも、バンドに真剣に打ち込んでいる祐って子を泣かせてしまったのがつらかったんだよね」
本気でバンドをやっている祐というやつのために、サキは他のメンバーの意識を変えたかったらしい。それで少し熱が入り過ぎた指摘をしてしまったんだろう。
どう慰めていいのかわからない二人と、いつものことだろうと箸を進めるネビュラに代わって、「放っておけばいいんじゃないかしら」と幸人は目を細めていつも以上に優しく微笑んだ。
「祐君は咲君を怒ったの?」
「怒らなかった。俺の言ってることは正しいって」
「そうよね。一生懸命頑張っている子には、言葉はきつくなっちゃっても咲君のその思いやりがちゃんと伝わったと思うわ」
後は指摘されたメンバーの子たちがその言葉を受け取ってどう行動するかだから考えても仕方がないわよ、とサキを安心させるように微笑う。
「むしろいい分岐点になったかもな。本気でバンドをやるそいつについて行くのかそれともやめるのか」
「今はみんなそれぞれ自分の気持ちを確かめているターンなんじゃないかな」
満美ちゃんと愛手も思い思いの考えを口にした。それでサキも「そうだね」と少しは元気を取り戻したらしい。
元気が戻ったかと思うや否や、今度は幸人さんや満美ちゃん、愛手の話を聞きたがった。俺たちはみんな愛手に気を遣ったけれど、予想に反して「じゃあ僕から」と言って愛手は自ら自分の生い立ちから今に至るまでを話し出した。その光景に驚いていると、愛手が嬉しそうに視線を俺に向けた。
「何だか波人くんも、咲くんも、向かった先で人助けしてるよね」
「どこらへんが?」
不思議に思ってそう問うと、満美ちゃんが愛手の言葉に納得したように深く頷く。
「お前のおかげで愛手は二か月ごとの引きこもりから脱却出来たんだ。何もできなかった私は現状を変えてくれたお前に感謝してるよ」
照れくさくなり酒の入ったグラスに口を浸けて誤魔化すと、幸人さんが悪戯っぽく笑った。
「まるでSaturNのデビュー曲みたいね」
幸人さんが自分たちのファンだったことに驚いたサキを眺めながら「確かにな」と納得する。
デビュー曲は俺たちが違う星に行って、困っている人を助けるっていうのをテーマにサキが作曲した曲だった。
(あの曲を聞いた作曲家がドラマ化してくれて、その主題歌に使ってもらえたんだよな。懐かしい…)
愛手や満美ちゃんが言うように、俺は愛手を助けたのかもしれない。サキもその祐ってやつの停滞していたバンドにもしかしたら新たな道筋を示せたのかもしれない。けど俺にそんな自覚はないし、むしろ俺からしてみれば地球のことが何もわからない、泊まるところもない、サキとも別行動になって不安な時に手を差し伸べてくれたこいつらこそこの曲のようだと感じた。サキにしてみても、それは同じなのではないか。
「あ」
「どうした、サキ」
「良い歌詞思いついた。ちょ、なんか書けるものとどうでもいい紙取って」
なんだかいい曲が書けそうな気がするといった顔をしているサキを見て、サキが自分と恐らく同じことを考えていたと確信したネビュラは口元を緩めた。
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