第36話 海行こうぜ!
『海行こうぜ!』
「――は?」
遊園地の1件から数週間がたち、夏休みに入った直後だった。
7月1日の朝、突然司から電話がかかってきて開口一番に聞かせられたのが、海行こうぜ!――だった。
司にしては珍しく、やけにテンションが高い――
嫌な予感がする……
「――疲れてるのか?俺より頭悪そうなこと言ってるぞ?」
『大丈夫!これ強制だから!?――道ずれだよ親友?』
「道ずれ?おいどういう――」
言いかけた時に、突然バタンと部屋のドアが開く。
そこから執事服を着た老人が入ってきて、俺を外に引っ張り出そうとする。
「ちょ、まて――話を……服を脱がそうとするなッ!?」
そこからは早かった。
俺は執事さんに無理やり服を着替えさせられ、なんとかスマホとサードだけでもと思い握りしめ、外にあった金持ちがよく持っている胴体がやけに長い車に放り込まれる。
あのじいさん力が強すぎるだろ!俺だって鍛えてるのに軽々だったぞ!?
「くっそ!――まじで何なんだよ……」
「あなたも拉致られたのね――」
声のした方を向くと私服姿の妹ちゃんがそこにはいた。
車内を改めてみると俺たち以外にも、日野さんと氷上さん、佐藤さんもいるようだ。
日野さんは豪華な車内に興奮してるし、氷上さんも珍しくテンションが高い、佐藤さんは座席に大人しく座っている。
「誰がこんな――って言いたいけど犯人1人しか思い浮かばないな……」
「――えぇ……茨木さんがおにいが拉致しそうなの止めようとしたらメイドに着替えさせられて、私も連れてこられたのよ。ちょうどその時いた美鈴姉も一緒に――」
はぁと妹ちゃんは深くため息をつく。
茨木さんあの人俺のアドバイスガン無視か?
司に嫌われる行動してどうすんだよ……
強制拉致は犯罪ですよ?
知ってました?
「警察に連絡する?」
「無理よ――家族には合宿って伝えてるらしいから、いたずらだと思われて終わりよ」
「ほんとやだ、あのお嬢様……」
俺まで巻き込まないでほしい。
その時ふと思った、道ずれという単語、つまり司が巻き込みやがったな。
じゃなきゃ俺を認識してない茨木さんが俺のところまで来るはずない。
「日野さんと氷上さんは?同じく拉致られたの?」
「私たちは自薦に誘われてたから、自分の意志だよ」
「無料で飲食ができて、金持ちの別荘に泊まれるなんてそうそうできる体験じゃないからね――しかもプライベートビーチだ!行かないわけには行かないだろう!」
――やけにテンション高いな氷上さん……これが夏の魔力とでもいうのか?
俺は視線を佐藤さんに移す。
何気に話すのは初めてだな、こっちが一方的に知ってるから、何とも言えないが……
「初めまして、俺は司の友達の鈴木守といいます。佐藤先輩も巻き込まれて大変でしたね?」
「あらあら、そんなことないわよ?みんなで何かするのは楽しいし、海楽しそうじゃない――それに、あなたとは初対面じゃないわよ?」
おっとりした口調でそう語る。
妹ちゃんがこっちをジッと見つめるが、俺は首を横に振る。
いや話したことないはずなんだけど、どっかで会ってたかな?
「すいません、俺記憶にないのですが……」
「あら?前に遊園地で紬ちゃんと一緒にいたじゃない?」
「「なッ!?」」
バレてる!?
親友の司にすら気づかれなかったのに、この人感が鋭くない!?
びっくりしすぎて、妹ちゃんと同じ反応しちゃったよ!――というかそしたら俺が妹ちゃん泣かした男が司の友達ってバレたってことじゃないか!
「いや、あの、あれは俺が妹ちゃんを泣かせてしまったのにはわけが――」
ふふっと佐藤さんは口元を抑えて笑う。
あれ?怒られるかと思ってのに……
「分かってるわよ?あなたが傷つけるような事をしたわけじゃないってことくらい、紬ちゃんの反応見てれればわかるわ――仲よしさんなのねあなたたち」
「ちょ、美鈴姉!?」
妹ちゃんが佐藤さんに近づき、ガシガシと体を揺らす。
それを意に返さないように話を続ける佐藤さん
――マイペースだな、この人……
「司君にはあの日鈴木君がいたことは黙っててあげる。何が事情があるんでしょうし、あと先輩って無理に呼ばなくてもいいのよ?出来ればお姉ちゃんって呼んでほしいわ――いずれそういう日が来るかもしれないし?」
「なッ!だ、だれがこんなモブ顔で生命力しかとりえのないゴキブリみたいなやつと結婚なんてッ!」
「誰がゴキブリだッ!?」
いや、俺なんかと付き合ってると思われて嫌なのはわかるけども!?
そこまで言わなくてもよくない!?
「あらあら、元気ねぇ」
「「誰のせいだと!?」」
この人は鋭いのか鈍いのかよく分からない人だな。
そんなこと言ってる間に車が停車したようだ。
車から降りるとそこには大きな屋敷がそびえたっている。
裏手には砂浜と海が広がっている。
本当は主人公が茨木さんルート入れないとこれないはずなんだが……
それに他のヒロインも勢ぞろいでここに来るなんて、ゲームのシナリオでは絶対あり得ない光景だった。
「ようこそおいてくださいましたわ!皆様方!!」
そこには威風堂々と屋敷の前に佇む茨木さんだった。
隣には執事服を着た、柴田さん。
そして反対側には顔が疲れ切った司がいた。
文句を言ってやろうと思っていたが、司が疲れ切った顔を見てその気も失せた。
何というか……お疲れ……司。
「あなたのアドバイス役に立ちましたわよ!――えっと……名前忘れましたわ」
「鈴木様です」
「俺のアドバイス?」
司が物凄い勢いで俺を睨む。
いや、知らんけど!?
人の話聞けとしか言ってませんが!?
「人の話を聞けというアドバイスを受け、司様の海行ってみたいという意見を実行させていただきましたわ!」
「僕、それボソッとしか言ってないはずなんだけど!?――あと結局人の話聞かず拉致ったじゃないか!?」
司がもうやけくそに叫んでいる。
あぁよかった。
俺のせいじゃないや、いつもの恋愛ポンコツが発動しただけだったよ。
よかったよかった!
だから妹ちゃん?俺を睨むのやめていただけませんかね!?
俺悪くねぇよ!!
「こ、ここまで来てしまいましたし?手荒い歓迎のお詫びも兼ねてゆっくりしていってくださいまし!」
茨木さんは逃げるように走り去ってしまった。
残された俺らどうすんだよ……
「それでは、皆様をお部屋へとご案内します、です」
そして全く動じないな柴田さんは……
いつまでもここにいるわけにもいかず、仕方なく俺たちは柴田さんに促されるように別荘に入ることにした。
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