第42話 別荘での朝

7月2日の朝、最悪な目覚めで起きる。

部屋の備え付けの鏡を見るとひどい顔をしていた。


目が充血し、顔がむくんでいる。

風呂も入ってないので髪はベトベト、風呂にでも入らなきゃな。

たしか1階が大浴場だったよな?


着替えを持って、大浴場に行く前に俺は口角を手でつりあげ、笑う。

いつものような笑顔を作る。

よし!これで大丈夫!


頬をペチンと叩き、自分の部屋から外へ――



「はろ~?元気かな?」



――何故部屋の中から声が聞こえるのだろう。

だって聞こえるはずはない!

なぜなら昨日俺は鍵をかけて寝たはずなのだから!!


俺は声のした方へ急いで振り向こうとしたが、それはかなわなかった。

首を背後から掴まれ体が宙を浮く。

俺はそのまま投げ飛ばされ、窓を突き破りながら外へと放り出される。


そして何十メートルもある砂浜へと受け身も取れないまま落下した。



「がッ!!?」




窓にあたった衝撃、地面をつくときの衝撃が数秒の間に俺を襲う。

痛みで意識を保っていられない――多分背中にガラスが刺さってるな。

確認したいが身動き一つとれない、視界にはどんどんと赤い液体が砂に広がっているのが分かる。


俺の血か……これ……


意識が朦朧としはじめたなか、それを許さないといわんばかりに再び首をつかまれる。

首を絞められたことで意識が一時的に浮上した。



「あ゛……」


「やっと目覚めた?――まったく、魔王倒したことあるって言うから期待して本気で相手したのに……」


視界がぼやけるせいで目の前に何がいるのかわからない。

声の感じが先ほど同じなので同一人物だと思うが、意識、が……


とに、かく……逃げ、ない……と



『サ……お……』


『大丈夫ぅ!今助けるからぁ!!』



俺の首から手が取れ、目の前のやつが視界から消えた。

景色は砂浜から別荘内の部屋に変わる。



「かはッ!――はぁはぁ」



やっと呼吸が元に戻り、意識が前よりはっきりする。

窓が俺の形にくりぬかれた跡があるってことは、どうやら俺の部屋まで戻ってきたようだ。

サードが判断してくれて助かった、下手すれば何もできないまま死んでいたかもしれない。

だけど、動くことは出来そうにないな……


全身の痛みはズキズキと蝕み、膝を着いた状態からは立ち上がることができない。

頑丈さが取り柄の俺でも意識をとどめておくのが精いっぱいだ。


こうなったらダメージ受ける前までセカンドで時間遡行を……

――そう考えていた時、突然窓の外の景色が一変する。


先程まで青かった海の景色が突然赤色に染まった。

水も砂も、果てはこの建物までもだ――



『まずいよぉ!これ昨日のイカちゃんと同じマナ酔い起こす霧だよぉ!――ワタシィ達の力がぁ使えなぁい!』


『――マジかよ』



試しにもう一度転移してみようと試みるが、景色が変わる様子がない。

体はボロボロ、時間で巻き戻すこともできない。

その上他のツールズも使えない、俺たちを襲う敵の姿も確認した。

つまり、この状況……



「つんだな……」



完全に終わってる。

俺は壁に背中を預けて少しでも回復しようと楽な姿勢をとった。


どうする、みんなに大声で知らせる?

いや、この状況なら俺以外も気づいてるはずだ。

勘の鋭い司がこの状況で動かないわけがない。


それに発見されていなければ襲われることもないだろう。

だとすると今一番危険なのは――



「見~つけ、た~!」


「俺……だよな……」



窓の空いた壁からひょっこりと顔を見せる。

今度はその姿をはっきりと認識できた。


そこにいたのは歳は同い年くらいだろうか、ピンク色の髪をサイドテールに結いこんだ髪、頭には角を生やし背中には大きなカラスの羽を生やしている。

ぱっと見ただけでもすぐにわかる――こいつ魔族だ。


黄色の瞳でこちらを凝視し、そしてニッコリと満面な笑みを浮かべる。

まるで新しいおもちゃを買い与えられた子供のようだった。



「きゃは!――さすが魔王を倒したことあるだけあってしぶといね?」


「あんた……も、しつこい……ね?」



窓からゆっくりと魔族が入ってくる。

逃げることもできず、目と鼻の先まで接近を許してしまう。



「目的、は……なん、だ?」


「聞く必要ある?今から死ぬのに!」



胸倉をつかまれ体が宙に浮く。

首を直接掴まれているわけでもないのでいくらか呼吸はできる。

俺は手に隠し持っていた窓のガラス片を魔族の手に突き刺す。

これで手を離してくれたらよかったんだが……魔族はまるでそれを意に返さなかった。



「その程度じゃ痛くもかゆくもないよ?最後の抵抗はそれで終わり?」


「安心、しろ……死ぬ、としても……お前、だけでも……道、連れに――」


「――もしかして私倒せばそれで終わりだと思ってる?きゃはは!」



魔族は片手で顔を抑え笑う。

なんだ俺は何を勘違いしている?



「何が、おかしい……」


「あたし1人で来たと思ってるところがおかしくて!」



まさか!他にも仲間がいるのかッ!!

だとしたらみんながッ!!


魔族の手をはがすために手に持ったガラス片を捨て、両手で引きはがそうとするがびくともしない!



「な~に~?いきなりあせっちゃって?――もしかして他の人が心配になった?安心しなよ、あなたの後をすぐ追わせてあげるからッ!!」



魔族が逆の手で俺の首を再び掴む。

握力は魔族と人間じゃ何倍も違う、そんなのに首を掴まれたら首の骨なんかすぐに折られてしまうだろう。


自分の首がミギミギと嫌な音を立て始める。

まずいこのままじゃ……



『サード……奥の手、使うぞ……』


『でもぉ!あれ使ったらぁ!!それにぃ今使えるかもぉわから――』


『無駄死にするよりましだッ!やってくれ!!』



サードは無言で奥の手の準備を始める。

体を張っても助けられ人たちがいた。

その人たちを助けるためにはどうすればいいか、ずっと考えていたんだ。


体を張っても助けられないのなら……

――命を張る以外に方法なんてないだろう?


奥の手はリスクがあるとサードが言っていた。

だけどそんな事を恐れてたら何もできない!


体にマナが駆け巡る。

力がみなぎってきた!今なら何でもできる気がする!!



『さぁこっからがほん――』



次の瞬間、プツリと何の前触れもなく意識が途切れた。

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