第41話 感情
――頭がくらくらする。
妹ちゃんに何度も殴られて今もまだ頭が揺れてる感覚がする。
他にも衝撃的なことあったような気がするが、殴られすぎたせいで思い出せん……
なんか幸せな体験をしたような気がするが――
――時刻は夕方、今現在は砂浜でバーベキューだ。
みんな楽しそうにバーベキューコンロを囲み談笑する。
従者組と茨木兄はもう部屋に戻っている。
なんでも疲れて熱を出した茨木兄の看病で2人ともいない。
イカ事件の後、茨木兄妹と従者2人、佐藤さんは記憶操作されて今回の事件の事を覚えていない。
いつも通りの処理のしかただな――ちなみにエレンは今謹慎処分食らってるそうだ。
何でもあっちの世界だとセイントクラーケンは飼うのが禁止されているモンスターで、こっそり飼っていたらしい。
掴まれたらマナ操作が出来なくなるマナ酔い、つまりMPが使えなくなる状態にする生物なんて危険だしな。
本人曰く、マナ酔いの感覚がわたしにとっては唯一の娯楽だったんだ!――と熱弁していたそうだが、オリアナ様の一声で一刀両断、怒るとあんなに怖いのねオリアナ様……
マナ酔いって感覚的には酒に近いのかな?
ちょっと気分悪くなって、思考が鈍る感覚だったんだよな。
ちなみにセイントクラーケンのイスカンダルだがなんと生きていた。
頭貫かれても生きてる生命力すごいよな、俺があっちに転移で送り返してあげたらエレンは泣いて喜んでた。
さすがに殺すの忍びないからと特例で許されようだ。
その代わりオリアナ様含め多くの人からの信用を大いに失ったようだけどな――温厚な日野さんが珍しくエレンに怒っているようだったし、ほんと俺がいなくなってる間に何したのあの人……
まぁそんなこともあったが概ね順調といえるだろう。
俺何も活躍できなかったけど……
辺りを見渡すと日野さんと氷上さんが司と話している様子が目につく。
――いつの間にあの2人司と仲良くなったんだろう。
こっちの世界の友達と前の世界の友達が仲良くすることはいいことだな。
俺もうれし――
『本当にそう思ってるのか?』
『――ちょっと黙ってろよ』
バカにしたように言うツールズを黙らせる。
司と2人が話していると佐藤さん茨木さん、妹ちゃんも会話に混ざる。
バーベキューも終わりに差し掛かり、みんなもう食べるより話すことの方が多くなる。
妹ちゃんはとてもいい笑顔で司にぴったりとくっつく。
頑張って好きな人にアピールする。
前より前向きになってくれていい傾向だな、アドバイスしたかいがあったよ。
みんな笑ってくれている。
そうこれが俺の望んだ光景だろ?
誰も傷つくこともない、幸せな風景――俺が望んだのはこういう……
――ズキリと胸が痛んだ。
『無理はよくないぞ?』
『本当に黙れよお前……』
耳障りなツールズの声が頭に響いてうるさい、頭が痛い。
心臓が――痛い……
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
これは嫉妬、劣等感、それとも罪悪感か、色んな負の感情が押し寄せる。
思いたくない、感じたくない、こんな醜い感情なんて……
この場にこれ以上立っていられる気がしないので、背を向ける。
多分今俺笑顔とは程遠い顔をしているはずだから――
「わりぃ!疲れたから俺部屋に先に戻ってるわ!!」
「おう、気をつけて帰れよ」
司から後ろから声をかけてくれたので手を振ってその場を去る。
みんなから見えなくなったところでサードを使って部屋まで転移する。
部屋の鍵をかけ、俺はそのままベットに倒れこむ。
頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
初めて抱いた親友への嫉妬、あっちの世界では感じなかったどす黒い感情、友人が司だけだったらこんな事は思わなかったのだろう。
人間関係が大きくなればそれだけ、俺と司の違いを嫌でも理解してしまう。
わかってた――俺が頑張って築いた友好関係も司にとってはたった数時間で築くことなんて容易なのだ。
だってあいつはこの世界の主人公なんだから――
……俺ってこんなにも嫉妬深い人間だったんだな。
自分で自分が――嫌になるよ……
『自分の感情に素直になれよ』
『黙れソハヤ――人が弱ってるタイミングでしゃべってきやがって、普段声かけても反応しないクセに――』
『おいおい、大事な大事な主を心配していってやってんだぜ?』
その笑い声がとにかく癪に障る。
俺は神具ソハヤを手に転移させ、床に投げ捨てる。
何が大事な主だ、嘘くさい――
『もっと素直になれよ?本当はうらやましいんだろ?嫉妬してるんだろ?――自分の大切な親友にさ!!あいつはお前の欲しいもの何でも持ってるもんなぁ?――お前が頑張って友好関係を作ったお友達も、たった数時間で取られて、好きな人だってお前じゃなく親友しか見ていないしな?――ねぇ今どんな気持ちだ?教えてくれよ!』
『――俺の気持ちか?……そんなもの必要ない』
俺はベットから起き上がり、再び神具ソハヤを手に取る。
そしてそのまま自分に突き刺した。
湧き上がってくる嫉妬、劣等感、そして憎悪――抱いてはいけないこの感情を斬り裂くために……
一瞬だけスッと心の中から負の感情が消えたが、それでもまたふつふつと湧いてくる自分に嫌気がさす。
――だが最初よりかは負の感情が消えている。
神具ソハヤを体から抜いた。
『――俺はみんなが幸せに笑っていてくれるならそれでいい……自分の感情なんてどうでもいいんだよ……』
『あはは!最、高ッ!!――そのために自分の感情を殺し続けるってか!お前最高にいかれてるぜ!!――お前みたいな狂ってるやつに使われてよかったぜ!お前ならいずれその負の感情に負けて親友を切り殺す!!――親友を斬ることになったらいつでも呼んでくれよな!喜んでお前に協力するぜ!!』
――だろうな、いずれ俺はこの感情に負ける時が来るのだろう。
いつかは分からないがいずれな……
だがその前に俺はその感情を抱かないくらい強くならなきゃいけいない。
そのためには……
俺は神具ソハヤを持っている手とは別の手でポケットからサードを取り出した。
――両手にツールズを持った状態で俺は笑う。
『あぁ俺もよかったよ――お前がそんなクソ野郎だと分かって……おかげでお前から奪うのに何のためらいもいらないな……」
『はぁ?何言って――!?力が、抜け、て……』
『力がみなぎぃるぅ~能力ごちぃ~』
サードは嬉しそうに神具ソハヤにお礼を言う。
奪ってやったぞ、お前の能力――
『何、を、した!!』
『サードの新たな能力の1つだよ、能力の転移、お前の力をサードに移させてもらった。この能力色々と条件が付いているが、今回は全て条件を満たした。これでお前はしゃべれるだけのただの道具だ、今までご苦労様』
『ふざ――』
俺は途中で神具ソハヤとの契約を切った。
もうあの声は聞こえず部屋に静寂が訪れる。
『――サード』
『はいは~い、本体はちゃんとぉ収納しとくよぉ?』
神具ソハヤは転移で異空間へと飛ばされる。
サードの新能力、収納――無限に等しい異空間にどんなものでも収納することができる能力、取り出せるのは契約者の俺かサードだけだ。
――本当にサードは強くなったよ。
俺だけが何も成長できてない……
『ごめんな……いつもお前にばっかり頼って……』
『気にしないのぉ、一緒に強くなるんでぇしょ?あなたがとってもぉ頑張ってるのぉわぁ、ワタシィがいっちばぁん知ってるからぁ――それに頼ってくれることがぁうれしいんだよぉ?』
『――ありがとう』
俺は再びベットに横になる。
大丈夫、明日になったらいつもの俺に戻ってるはずだから……
それまでは少し、このままで――
大丈夫、大丈夫、大丈夫
――そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりとまぶたをおろした。
頬には少し冷たい涙がつぅと落ちたのを感じながら俺は泥のように眠る。
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