第39話 触手が出るときは大抵お色気回

僕にとってはあっという間の出来事だった。

日焼け止めクリームを取りに日陰から出た瞬間、ザッパーンという音が背後の海から聞こえる。


「きゃっ!な、何ですの!!」


「あらあら、足がヌメヌメするわね?」


「ちょっと!離しなさい、よッ!!」


「「「きゃああ!!!!」」」



急いで後ろを振り向くと茨木さんと美鈴姉、紬が触手に足を勢い良く、引っ張られそのままイカの本体のすぐ近くまで引き寄せられた。

これがわずか数秒での出来事である。


僕も状況を理解するのが遅れた……

こいつ、もしかして守が言ってた、茨木さんルート限定で出てくるモンスターか?


――流されるままにここに来たのと疲れのせいでこいつの存在すっかり忘れてた。

守がそんな話してたじゃないか、普段やらないミスやらかしちゃったじゃん。

だけど軽くしか情報聞いてないから、こいつがどういうモンスターか聞いてない、もう少し詳しく聞いとくべきだった。



「やだ!ちょっと!?」


「あらあら、くすぐったいわね?」


「どこ触ってんのよ!!」



目の前には触手で体をまさぐられている美女3人、水着の中や綺麗な柔肌に触手がピッタリと張り付き、控えめに言って――エッチです。


ずっとこの光景を見ていたい気もするけど……

捕らえている触手以外が俊敏に僕に迫る。



「――そういうわけにもいかないよね」



砂に埋めておいた神具グレイプニルを掘り起こし、構える。

こういうこともあるから備えは万全に――ってね?



「さぁどっからでも――」



かかってこいと言いかけたが、向かってきた全ての触手が僕の目の前で急に止まった。

触手がくにゃりとおじぎをしているように曲がる。

その姿はまるでしょんぼりとしているようにも見えた。


何で急に止まって……



「おーい!司!!――大丈夫か!!」



神具ソハヤを手に持った守が、少し離れた砂浜から声をかけ、走り寄ってくる。

その後ろには、ツールズをしっかりと持った日野さんと氷上さんもいた。

守がサードで2人のツールズを呼び出しのだろう。


声に反応したのか触手がピクリと動き出し、守たちに方向を急転換させる。

僕に興味を示さず、女性ばかり引き寄せられている――そうか狙いは!



「守ッ!2人を前に出しちゃダメだッ!!こいつの狙いは女――」



――途中で言いかけるのをやめる。

なぜなら触手は2人の所に既に伸びているということ――

そして僕の時と同じ反応を触手がした。


代わりに標的にされたのは……



「なんで俺なんだよッ!?」



触手に掴まれたのは女子の2人でもなく――守だった。

守の体に触手が巻き付き、ガッチリ掴む。


――いや、なんで?

エロ触手だから女子狙うと思ってたのに……

親友の触手プレイとか誰特なんだろ……


――こいついったいどういう基準で決めてるんだろう?

なぜわざわざ守を狙って……?



「司見てないで助け――くそ!こうなったらサードでテレ――そうだったぁぁぁ!!こいつに掴まれてるとツールズが使え――」



最後まで言い切れず、そのまま引きずられていく。

守は神具ソハヤで何度も斬ろうとするが斬撃が出ず斬れていない、体が掴まれてると使えないって守言ったな?

――なら……



「守ッ!!」


「分かってる、ぜッ!!」



守が神具ソハヤを投げる。

よし、このままいつも通りキャッチ!

――しようとしたが、途中で神具ソハヤを触手が素早くキャッチした。



「速い、なッ!」



僕はすかさず神具ソハヤを持っている触手に向けて、神具グングニルから飛翔する刺突を繰り出す。

だがその攻撃も触手をうねらせるようにしてかわされた。


こいつ!頭も回るな!!


あっという間に守は引っ張られ、イカの本体近くまでついてしまった。



「何つかまってんのよ!」


「ごめんって!!」



捕らえた触手が何やらうねうねと動き出す。

イカの顔が少し笑っているようにも見えた。



「み、密着すると苦しい、ですわ……」


「あらあら、ちょっと苦しいわね?」



茨木さんと美鈴姉を触手が2人を人形遊びでもしているように動かす。

見てるだけで眼福眼福、やっぱでかいっていいね!



「ちょッ!!あんた引っ付くんじゃないわよ変態ッ!!」


「――――」



別の触手を動かし、紬に抱き着くように守の両手両足を操作して抱きつかせている。


紬は嫌がって外そうとしてるけど、触手の力が強くて中々外せないみたいだ――というか守気絶してない!?

女性に免疫ないの知ってたけど、ただ抱きついただけだよ!?

――いや、僕の価値観がおかしいのか……

普通抱きつかれたら、あれが普通の反応なのかも?

よくあることだから僕は慣れちゃってるんだよなぁ……


そういえば他の人どうなったんだろう?

周りを見渡すと遠くにダッシュで逃げる飯塚さんの姿、そして俵のように抱えられてる柴田さんと茨木兄が見える。


柴田さんは飯塚さんをポカポカ叩いているようだが、意に返さないように走り続ける、それを面白おかしく笑いながら運ばれる茨木兄。



「ふはは!飯塚はホラーが苦手でな!!――今回みたいな見えない浮遊現象はダメなのだ!私もスマホで撮っておきたいがあいにく部屋に置いてきてしまってな!!――それでは諸君!無事にまた会おう!!」


「ちょ、飯塚!お嬢様とその友人の安全の確保を――って聞いてない!?」



そのまま別荘まで飯塚さんたちは走り去ってしまう。

まぁ目撃者少ない方がいいし、まぁいいよね。


さて、どうするかなこの状況……



『皆さん聞こえますでしょうか!オリアナです。そちらのモンスターの反応がありましたので緊急で連絡させていただきました!ご容赦ください』


『前置きはいいから、どうしてモンスターがこっちに?』


『――それは本人の口から直接聞いた方がいいと思います。……ねぇ?エレンお姉さま?』


『いや……そのぉ……わたしのペットが逃げたと言いますか……いつの間にかいなくなってそっちに行ったといいますか……わたし悪くない!』



通話越しに分かるのは普段怒らないオリアナが後半怒気がこもった声色で問い詰めていることとエレンが申し訳なさそうにもごもごと言い訳していることがわかる。


ペットが逃げ出したって……

あんた何してんの……

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