大奥ミステリー事件簿 -九- 「日本兵の亡霊」

 皆がわりとノンビリ気分でいたのよね、この時。私たちはスタッフさんたちの後ろ、一番最後を付いていく感じでジゴローさんの背中にくっついていて。そしたら突然、カナメが鋭い声を上げてジゴローさんの腕を掴んだの。

「ジゴローさん、そこ通んないで。」

 カナメがそう言って先を行くロケ隊まで足止めしたから、皆が後ろを振り返って動きを止めてしまった。

「へ? 何か居るの?」

「うん、兵隊さんが立ってる。こーんな感じでピーンっ、て背筋伸ばして直立不動。」

 ジェスチャーで兵士のポーズを取って、だけどカナメの目は真剣だから笑うわけにもいかない。カメラ回ってなくてよかった。皆、怪訝そうな顔してる。


 完全に進行方向には背を向けちゃって、ジゴローさんは改めてカナメと話しだした。なんか、見てるだけでハラハラしちゃう。

「なんて言ってるか、話とか出来る?」

「どうかなぁ? 聞こえててもシカトする霊もいるし、話がぜんぜん出来ない霊もいるし。」

 そんなやり取りをしながら、カナメはジゴローさんの前に出る。しばらくの間、皆黙ってカナメに注目していた。


「どうだって?」

「んー? なんかね、ここで命令を待ってるんだって。斥候の役目で、見張ってるんだってさ。」

「ほほーん、天皇陛下のおわす皇居を賊が狙ってくるとイカン、てな感じですか。……ん? だけど背中向けてるんだよな、この兵隊の霊。てことは、見張ってるのは城内?」


 ジゴローさんは手かざしのポーズで、この場所と幽霊が居るという位置との関係を確かめるみたいに、何度も目線を動かした。

 皇居は、そう、私たちのロケ隊がこれから向かう先にあるのだけど、兵隊の幽霊は皇居に背中を向けて立っているんだそう。見張りというなら、もっと向こうの坂下門の近くじゃないかな、なんて思うし。あっちから来た人はスルーなんだろうか。……あ、あっちはあっちで見張りがいるのかも。


「そもそもさぁ、日本兵の幽霊なんて話は聞いたことないけどなぁ?」

 ジゴローさんが再びカナメに質問した。

「私も聞いたことないよ、怪談話ならたいがい耳に入れてくれるんだけど……」

 私たちのファン層は、いわゆるそういうアレな人が多いから、皆知ってる怪談はぜんぶ教えてくれるんだよね。でも、カナメが言う通り、江戸城の怪談で日本兵が出るなんて話は聞いたことない。

 私とカナメ、二人同時くらいでチーフがイライラしてるっぽいことに気が付いて、そこからは慌てて移動を再開することになった。ちょっと迷惑掛けちゃったかな。

 どんな時でも暢気なユノノンは、兵隊さんが居るって聞いたせいか、その場所に向かってビシッ、て感じに敬礼してから通った。そんなコトして恨まれても知らないよ、ユノノン。


「ありゃ、ユノノン。兵隊さんも敬礼し返してきたよ。」

「ご苦労さまなのです。」

「あー、はいはい。」

 順番にカナメちゃんとユノノンとジゴローさんのボケツッコミが入って、幽霊を交えての、まるでコントを見てるみたい。ユノノンに敬礼で返したっていう兵隊さんの姿が目に見えるみたいで、クスッと笑っちゃった。ごめんなさい、気を悪くしないでくださいね。


 私たちはその後、浅草に移動した。有名な雷門の下に陣取って、他の観光客の皆さんにご協力をお願いして、ちょっとスペースを空けてもらってのワンショット撮影。私たちも頭を下げて皆さんにお詫びしながら、大きな提灯の下へ行った。


 ぬおっ、て感じでやけに大きな人のお腹と私の顔がぶつかりそうになる。びっくりして顔を上げた。帽子を目深に被ったその男の人は、浅黒い肌のゴツい外人さんで、黄色い瞳がいやに目立ってた。チューリップハットとか言うんだっけ、今どき珍しい帽子被ってるなって、すごく失礼なこと考えちゃった。ごめんなさい。

「いいよ、」

 まるで私の心が聞こえたみたいなタイミングだったからドキッとした。


 無表情な顔した大きな男の人。まるで……牛みたいだ。

 人ごみの中遠ざかっていく背中を見ながら、また失礼なこと考えちゃった。


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