冥界ラジヲ

柿木まめ太

   

第一章 Aスタジオにまつわる…

第一夜 「不快な声」

 現在時刻は午前零時。今宵も始まりました、冥界ラジヲ。毎週末土曜日、午前零時に始まりまして、ツラツラとね、リスナーの皆さまに怪奇ホラーや都市伝説といった巷の話題をお届けしております。


 お送りしますのはお馴染みサンゲキジゴローと、マスコットキャラを気取るヒキザキカナメ嬢です。……今日はちょっとね、カナメちゃんのご機嫌が悪いようで、ぜんぜん水面に浮かんできませんけどね。エサが多すぎたのかな。こっちのカナメちゃんは亀なんですけどね。スタジオで飼ってます。もう一人のカナメちゃんは本日はお休みということで。


 まずはリスナーから頂いた情報を皆さまにも共有していこうかな、と。ペンネーム石の大仏さん、『こんばんわ、ジゴローさん。』はい、どうも、こんばんわー。


『ぼくの街で最近聞こえてくるようになった噂話なんですけど、友だちに聞いたところ、他の街では聞いたことがないそうなんです。ジゴローさんはどうかなと思ってメールしてみました。』


 はい、そうですね。噂話って出始めた最初はね、ほら、地域限定みたいなもんでしょ。電車で一駅ほど離れただけでもう聞かなくなっちゃったりするんだよね。そしたらその場所が、その噂の発信源ってことで確定しちゃってね、ちょっとこう、ポイント高いよね。正しいかどうかはまた別にしてだけどね。


 それでこれ、どんな噂なのかって気になるよね、リスナーの皆も。じゃあ、続きを読ませてもらうよ、石の大仏くんからの投稿です。『不快な声』。


『その噂は、深夜に一人で座っていると背後から囁き声が聞こえてくるっていうものです。背中から声を掛けられる系の怪談話はたくさんあると思うんですが、この話はちょっと違っていて、その声は日本語ではないらしいんです。』


 日本語じゃない? 中国語とか? あんまり聞かないケースだね。なんか不快な声で喋る外国語の幽霊ってコトかな? 続き、読むよ。



『先輩の友人の話だそうで、自宅で一人勉強をしていたら背後から声が聞こえてきたんだそうです。ボソボソして内容までは聞き取れない、とても小さい声だったそうです。時間はちょうど午前二時を回ったところで、最初は壁が薄くて隣の人が喋ってる声でも漏れてるのかなと思って、あまり気にしていなかったそうです。


 でもすぐにその人は考えを変えました。どう考えたって人間の声じゃないんです。


 その人はマンションの五階に住んでいます。おまけに勉強していた部屋も、ベランダ側にあるので共用廊下を誰かが喋りながら通ったとしても声が聞こえたりはしません。玄関側の音が、一番奥にあるその人の部屋まで聞こえるはずはない、そんな時間にそんな大声で歩けば騒ぎになる、と言っていたそうです。


 勉強机は壁にくっつけた状態で、でもその壁の向こうはと言えば何もないはずでした。マンションの角部屋だからです。机の後ろはベッドを挟んでいるので、逆側のお隣だとしても、とても声が届くとは思えなかったそうです。

 では弟のイタズラかとも疑って、ベッドの下も念のために覗いてみたそうですが、真っ暗で何も居なかったそうです。他の部屋を確認にも行ったそうですが、自分の部屋以外はぜんぶの部屋が真っ暗に電気を消していて、両親も弟もとっくに眠っていたんだそうです。自分の部屋以外は、シンと寝静まっていたそうです。


 ベランダの窓は閉め切っているので外の音など入ってきません。ガラス越しに覗いて見ても曇った夜空が見えるばかりで、そもそも夜中に人なんか居るわけがない真冬のことです。先輩の友人も暖房をガンガン付けて半纏を着込んでいたくらいだそうです。


 声の正体を探すのを諦めてその人が椅子に座ると、また耳元で誰かが囁きだしたそうです。最初は気にも止めなかったその人も、そうなると話が違ってきます。

 注意深く聞いていると、なんだかガサガサした感じのしわがれた声で、どうやら日本語以外の言葉にも思えます。とても耳障りで、勉強の邪魔だとも思ったそうです。でもその人が振り向くと声はピタリと止まるんだそうです。


 誰もいないのに、耳元に誰かが囁いてくる。振り返っても誰もいない。視線があるような気にもなってきて、誰も居ないと解っているのにベランダを開けて外を確認に行ったそうです。隅々まで。もちろん、誰もいるわけない高層階ですけど。でもじっとその人を見つめる何者かの視線が感じられるような気がしたそうです。


 なんだか気味が悪くなって、その人は丸見えだったベランダ側の窓を、カーテンを引いて塞いだそうです。せめて視線だけは遮ってやろうと思って。


 気のせいだったことにして、先輩の友人は勉強に戻りました。でも、椅子に座り直して再び教科書を広げると、やっぱり背後から囁き声が聞こえてきます。タイミングを計って、今度は言葉の途中でバッと振り返ったそうです。


 部屋には誰もいなくて、でもベランダのカーテンがふわりと揺れたそうです。』



 と、いうコトでね。ちょっとね、石の大仏くんには悪いんだけど、途中なんだけど話を区切らせて貰ったよ。この後のトーンがガラッと変わっちゃってさ、ちょっと趣旨から外れるというか、うちのリスナーはなんか勘違いしてるヤツらが多いというかでさ。せっかくの怪談話なんだけどねぇ……。


 この番組、ちゃんとしたホラー番組だからね!? 解ってる!? 石の大仏!


 とりあえず続きあるから読むね。皆、ガッカリしないでくれよ? で、石の大仏。今これ聞いてたらちょっと今すぐメールください、おねがいします。お前、勘違いしてる。


『先輩の友人は、もう勉強どころじゃなくなって、しばらく部屋の真ん中でつっ立っていたそうです。天井からもパキパキと音が聞こえだして、でもその人はラップ音には慣れていたそうなので、それは気にならなかったようです。』


 ラップ音に慣れてる先輩の友人! でも囁き声は気になる!? どんな人だよ!

 どっちも怖がろうよ!? てか、お前の語りの問題だよ、石の大仏!

 急にザックリしすぎだよ!


『実はこの、座ってると背後から誰か外人さんに囁かれるっていう話は、先輩たちの間ではかなり有名になっていたそうで、その人も自分のとこに来たと思ったそうです。それで、座ると聞こえるんなら立っていたら聞こえないかもと思って、今度は立ったまま教科書を開いたそうです。そしたら思った通りで声は聞こえなかったそうです。


 次に床のカーペットに座って試したところ、これも聞こえなかったそうです。どうやら椅子に座ってる時だけ聞こえるんだなと突き止めたその友人は、その後はカーペットに座布団を敷いて勉強したそうです。』


 解決してるじゃん。なに、この話。


『以上です。こんな話なんですが、ジゴローさんはどう思いますか? 僕は、不思議な話だなー、ジゴローさんトコに送ったら採用されるかな、とか思いました。ステッカーください。』


 とまぁ、こういう内容を送ってくれました。とりま、ありがとうな、石の大仏。


 いやー、これさ、椅子に座ってる時だけ背後から囁いてくる外国人の霊ってことだよね。たぶんね。椅子をやめて座布団にしたら聞こえなくなるってことは、それで別の人のトコ行っちゃうんだろうかね、そんな感じがする話だわ。解除方法のある怪異は割とあるみたいだもんね。しかし、なんで椅子じゃないとダメなのかなぁ。外国の人だからかなぁ。わかんないなぁ。


 おっ、言ってるうちに時間がきてしまいました。今宵の冥界ラジヲはここまで。石の大仏くん、貴重な情報ありがとうな。ご希望通り、番組特製ステッカー送るよ。それから、次の投稿までに話術磨いとけよ。


 それじゃあまた、土曜日に。

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