第二夜 「蝸牛」

 現在時刻は午前零時。今宵も始まりました、冥界ラジヲ。毎週末土曜日、午前零時に始まりまして、ツラツラとね、リスナーの皆さまに怪奇ホラーや都市伝説といった巷の話題をお届けしております。


 お送りしますのはお馴染みサンゲキジゴローと、マスコットキャラを気取るヒキザキカナメ嬢です。嬢は今日もお休みなんですけどね。仕事する気あるんですかね。


 はいっ、というわけで始まりですが。今日お話しするのは久々に妖怪系のね、「蝸牛」と呼ばれている物の怪の話ですね。メールで情報をくれたのはペンネーム、抹茶街マツコさん。彼女自身が体験した話だそうです。『こんばんわ、ジゴローさん。』はーい、こんばんわー。なんか皆、最初に俺に挨拶するの定型だとか思ってない?


『これは私が体験した話ですが、始まりは半年ほど前のことでした。ほんと、何気なくめくってみた寝具の裏側が、テカテカに光る幾筋ものライン入りになっていたことで気付いたのが始まりです。布団の裏の端っこの方にあったんですが、私は泣きそうでした。』


 テカテカのラインって、これ、あれだよね、カタツムリ。蝸牛ってのはさ、カタツムリのことなんです、リスナーの皆。いやー、カタツムリが這った跡が布団にベタベタくっついてるってだけで軽くホラーだね、これね。


『最初はナメクジだと思っていました。そんなのどっちでも同じなんですけど。ただもう、気持ちが悪くて気持ちが悪くて、すぐに布団類からすべてのカバーを外して洗濯しました。ほんとは、寝具をぜんぶ買い換えたいくらいでしたが、それはさすがに親に怒られてしまい、断念しました。』


 まーね、気持ちは解らなくはない。ナメクジが這い回った布団で寝るのはちょっと遠慮したいよね、解るよ、うん。

 がんばったんだねー、マツコ。俺だったら、そんな気色悪い部屋で過ごすとかムリだわ。初日で逃げ出す自信あるわ。


『本当に気持ちが悪かったんですが、部屋中くまなく見て回ってもナメクジどころか蟻一匹、ゴキブリ一匹すら見つかりませんでした。なので親には、何かの間違いだからと、我慢しなさいと言われてしまったんです。

 私の住んでるところは都心の高層マンションで、おまけに新築物件です。害虫が出るなんて話は聞いたことがありませんでした。その日のうちに管理会社にも連絡したんですが、被害が出たと苦情を言うのは私の家だけで、それも私の部屋だけと言うのはさすがに奇妙だからと、やっぱり取り合っては貰えなかったそうです。


 でも被害はその後も続いたんです。洗濯したばかりの布団カバーが、次の日にはもう元通りにスジ跡付きになっていました。布団の裏の端っこの方に、幾つものスジがキラキラと光っているのを見つけました。

 それを見せてもまた我慢するように言われて、今度も洗って済ませたんですが、次の日の朝にはもっと酷いことになっていました。布団の表側には、もう何本とも知れないほどのスジ跡が走っていました。


 とてもそんな部屋では眠れないからと、私は居間に寝袋を持っていって寝ました。そうしたら今度は、寝袋の裏表といわず、部屋の壁といわず、床や天井に至るまで、居間のあらゆる場所が縦横無尽に、銀色に光るラインでべったりと塗りたくられてしまったんです。

 さすがにこの有り様では両親も異常を認めざるを得ません。私は最初からこれは怪異だからと訴えていたんですが、それまでは誰も信じてくれなかったんです。

 でも、最初は信じていなかった両親も、被害がここまでくると気味が悪くなってきたようで、どこかの専門家に相談しようと言い出しました。すべてのカバーを毎日洗濯するのも面倒ですし。


 知人の紹介だとかで私たち家族が訪れたのは都内の古い神社でした。そこの神主さんは経験豊富な人で、数々の怪奇現象を収めているんだそうです。

 当日に会ったその神主さんは恰幅のよいおじさんで、一見では普通の人でした。でもその人は私の顔を見るなり、「物の怪に憑かれておる、」と看破しました。


 そして「この札を部屋の南北に一枚ずつ貼り付けておきなさい。蝸牛には効果てきめんじゃ。」と言って、二枚のお札を下さいました。薄紅色の短冊です。梵字みたいな文字が書き付けてあり、一番下に雄鶏の立派な絵が描かれていました。

 手に触れると、確かにただの紙切れにはない感触があり、思わず背筋がぞわりときたことを覚えています。紙質自体は普通の和紙にしか思えなかったから、きっと描かれた図象の霊力です。両親は触れても何ともなかったのに、私だけがこのお札に冷や汗を掻いてしまい、あまり触れたくないと思っているという奇妙な経験をしました。

 

 神主さんの言うには、「蝸牛は沼女ぬまめを連れてくる。そうなったら厄介じゃ。今のうちにケリを付けた方がよいから、何があってもこの札を外してはならん。」とのことです。それから、ひと月ほど様子をみたいから、翌月にもう一度来なさいとも言われました。でもその後に気になることを呟いたんです。

「本当なら雌鶏がよいのじゃが、仕方なかろう……」この言葉の意味は、すぐに解りました。』


 何が起きたの、とか思うじゃん? リスナーの皆ぁ。


 ちょっとね、拍子抜けさせちゃって申し訳ないんだけどさ、先に結論言うと、このマツコのお話はこのお札を貼ったことで解決したらしいんだよね、メールの続きによるとね。

 だけどさ、その後にね、彼女が沼女のことについて、補足説明を書いといてくれたんだけどもさ、そっちの方が実は怖かったんだよ!


 もー、うちのリスナーってどうしてこう、核心部分の本当に怖いトコに限って、こう、飄々と語っちゃうんだろねー。飄々というか、サラリと流すっていうかさぁ。マツコのメールもさ、こんな感じだよ、ちょっと聞いといてよ。


『ちなみに沼女というのは江戸時代よりも前の時代から関東平野に巣食っていた凶悪な妖怪だそうです。沼女は現代じゃ語られることのない怪異で、タブーだそうです。さて、お札を貼り付けてからの一ヶ月、』


 さて、じゃねーよ、マツコ! おま、沼女ってめっちゃヤバそうじゃん、だけどそっちより前座のカタツムリ語っちゃうの? それでいいの、お前?


 あー……。なんかもー、いろいろと脱力するわ。


 もうね、この沼女に関しては来週に持ち越します。色々とね、調べたんだよ俺。まだ調べ終わったわけじゃないから発表は控えるけど。

 ほんとサラッと流してくれちゃってるからさぁ。だけどほら、そろそろ時間が迫ってきてるしね、とりあえずこの蝸牛の顛末だけはね、皆も気になるだろうからメールの続き、読んどくね。沼女については来週の土曜日に。では続きです!


『さて、お札を貼り付けてからの一ヶ月、ぱったりと布団にスジが現れることはなくなりました。けれど、困ったことが一つだけ残りました。神主さんが言っていた、雌鶏じゃないことが、原因です。


 このお札の雄鶏は、部屋に貼り付けたその翌日から、早朝の四時になると大きな声で「こけこっこー!」と鳴くのです。毎朝きっちり四時からコケコッコを4セット。

 ジゴローさんは、こういう方面にも詳しそうなのでお聞きしたいのですが、どこか雌鶏のお札を所有している神社をご存じないですか? 地味に蝸牛より辛いです。』


 知らんよ。ごめんなっ。

 いやホント、笑っちゃってごめん。じゃあ、また来週。


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