第三夜 スタンバイ中

「おつかれっす、」

「ほい、おつかれ、」


 スタジオに続く廊下で音響スタッフとすれ違う。後ろのもう一人はぺこりと頭だけ下げて通り過ぎてった。野球帽で顔を隠してるよ、だけどADで人見知りは苦労すると思うなぁ。


 ラジヲ放送が始まる30分前からスタジオに入り、スタッフとの打ち合わせを手早く済ませる、それが俺のルーティンだ。そこへヒキザキカナメが入室してきたから、皆の視線がチラッと走った。TVで見る可愛い衣装じゃない、スカジャンにジーンズと野球帽。ゆるふわピンク髪は器用に帽子の中へ押し込まれてた。


「おっ、今日は来たんだね、カナメちゃん。」

「ヒドいですね、ジゴローさん。誰のせいだと思ってるんですか。」


 番組開始の10分と少し前だよ? なのにちょっと声を掛けたらコレだよ。嬢もイライラしてるかして、ジロリと睨まれたわ。へーへー、俺のせいで休まざるをえなかったし、遅刻寸前にもなった、ってんでしょ、はいはい。


 スタジオの外にスタンバってるメンツも、だーれも俺の味方なんかしてくれないんだよ。苦笑いを貼り付けて、俺にもそうしろと目線で訴えてる。あと10分で始まるのに余計なトラブル起こすな、と釘を刺してくる。

 だけど二回連続で休んだのは彼女、10分前ギリギリで入室してきたのも彼女なんだけども。なんで俺が針の筵なのよ、なんだコレ。

 まぁね、俺もイイ歳した大人なわけで、この程度でヘソ曲げたりはしませんけどね。今年40だしね。いいよ、いいよ、別にね。俺が悪いってことにしとくよ、まったく。


 しかし売り出し中だから面倒見てくれってウチの事務所にゴリ押してきた割に、なんかしょっちゅう休むんだよね、彼女。アイドルとはいえ新人のくせにさ。ちょっとくらい厭味言いたくもなるってもんじゃない? 彼女に言わせりゃぜんぶ俺のせいらしいけどね。

 今日も入室スタンバイの状態で、ドアの前に二人並んでるってのに、俺と目が合うと「フン、」とばかりにそっぽ向く。

 髪色がちょいローズピンクの派手系でさ、顔立ちもそれに負けない華やかさで、確かに美少女というに相応しいんだけどさ。態度悪いな、おい。


 放送席には今日も変わらず色っぽいマキ姐が年増女の気怠さ全開で品を作っていて、彼女の番組の本日ラストを締めくくる歌を紹介している。一曲が約4分、その後CM2本挟んで俺の番組に切り替わるから、素早く交代しないといけない。ご機嫌ナナメなお嬢ちゃんの相手ばっかしてらんないってね。


 曲に入ったタイミングをみて、素早くドアを開けて中へ入る。マキ姐が俺をみて意味深な微笑を浮かべる。お互い自分のカバンの持ち手を掴み、素早く入れ替えて。狭い放送室、荷物置き場なんて洒落たスペースはない、椅子の横の僅かな空間を有効利用するには素早さとチームワークが大切だ。


「オンエア10分前。」

「サンゲくーん。今夜さぁ、あたしオールしてるから後で連絡くれる?」

「いいっすよ、マキ姐。それと俺、サンゲキっすからね、サンゲキ。」

「解ってるぅー。それじゃあね、サンゲくん。お先。」


 マキ姐はアレだ、一向に俺の名前覚える気がないね、あれはね。


 彼女も女優業が忙しいだろうによくラジヲまで続けてるもんだと感心しきりだよ。あの流し目でねっとりと見つめられたら男は誰でも昇天する、なんて言われて大人気だってのに。仕事選ばない姐さん、尊敬してます。なにげに女性率高い職場だよな、ここ。


 お尻フリフリ、姐さんがスタジオから出て、入れ替わりで俺たち二人が席に着く。なんか知らんがご機嫌ナナメなヒキザキカナメは置いといて、目の前のマイク位置を微調整。はい、これでいつでも準備オッケー。


「CM二本目、あと1分で終了。」


 BGM担当のスタッフが一足先にスタンバって、さすがにお仕事モードに切り替えたらしいお嬢の顔が真剣なモンになって、そのタイミングで俺は話をぶり返す。


「ねぇ、ねぇ、お嬢。さっきのさ、俺のせいって何なのよ?」

「はぁ? ウザ。毎度のことでしょ、ジゴローさん。あんたがどっかで変なの拾って来て、ソイツが一緒にいる私に乗り換えて来やがって、そんで仕方なく実家まで戻って落として貰ってんでしょ。」

「5! 4!」


 321は指先を折り曲げて、キューを押す。スタッフは揉めてる俺たちを無視してスタートを告げた。

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