第三夜 「沼女」

 現在時刻は午前零時。今宵も始まりました、冥界ラジヲ。毎週末土曜日、午前零時に始まりまして、ツラツラとね、リスナーの皆さまに怪奇ホラーや都市伝説といった巷の話題をお届けしております。


 お送りしますのはお馴染みサンゲキジゴローと、マスコットキャラを気取るヒキザキカナメ嬢です。はい、ご挨拶ぅー。


「しばらくお休みしちゃってゴメンね、みんな。オカルト女子部、永遠のセンター、ヒキザキカナメでーす! 今夜もホラってるぅ?」


 ホラってる、って何よそれ。


「オカルト女子部イベントでの掛け声。ウチらオカルト系女子三人のユニットだからさぁ、ファンミでもふつーに怪バナやるよ?」


 怪バナ……。

 まぁ、いいや。


 ところでカナメ嬢、昨夜送ったメール読んで貰ってる? 君が休んでた先週の放送でさぁ、流れ的に今回やる内容が決まっちゃったんだよね。そこ了解して貰えるようにメール送ったよね?


「読みましたよー、沼女って妖怪は関東平野に棲んでいたけど、江戸の大改修で住処を奪われて、それで徳川の家来とかまで全員が恨まれることになったって話ですよね?」


 江戸に住まう者は末代まで祟ってやるとか言ってたそうだからね、怖いね。それで、えーとね、とある文献によりますと、『人々の沼ることおびたたし』なんて記載があるんだそうだよ。


「沼るって何? オタク君が大量発生したの? 江戸時代に?」


 今はちょうど第二次沼ブーム、とかって、そんなワケないでしょ。まぁ、今どきで使われてる沼って言葉とほぼ同じ意味みたいだけどね、でもそれは偶然でしょう。


 だけどほら、徳川家康って言えば健康オタクで有名だろ? 自分のお薬は自分で調合してたってくらいに薬学とか詳しかったらしいし。でも実は、そのオタクっぷりは、この沼女に取り憑かれていたからこそ、て言われてるんだよ。

 沼女に憑かれるとさ、『一点ものごとに集中し、暮らし向きも家族の苦言も一顧だにせず、寝食さえ忘れて没頭し、果てには死線を彷徨うほどと也けり、その姿はまこと狂乱の様であった、』とか書かれるような感じなんだって。

 家康の健康オタクぶりもその域だったんじゃないかってさ! 晩年はもう凝りに凝りまくってたらしいじゃん? 死因の天ぷらにしたって、自ら揚げ食いしたっていうけど、きっとそれ、栄養素とか考えながら揚げたんだと思うんだわ。で、それを指して後世の文献には『沼った』と記されていたってワケだよ。


「えー、なんか洒落怖ポイント激減してるんですけどぉ。江戸の街がオタクだらけで大変でしたって、それ、どこを怖がればいいのぉ?」


 まぁまぁ、怖いポイントはこれからだよ。

 オタ界隈だけでなく、もう世間的に『沼る』って、流行語を越えた域になりつつあるわけじゃないですか。だけど、それこそが沼女の怪異かも知れないってオチなわけよ。

 そんな言葉が流行ること自体が、沼女の力が増してる証拠だ、てね。


「うーん、だけど正直さぁ、その程度なら別に何も危害無さそうじゃん? 結局さぁ、沼女って何が怖いんだかさっぱり解んない感じするよ。

 先週の放送だってさ、実家でおばぁと一緒に聞いてたけど、なんかよく解んないねって言ってたんだよ? ジゴローさんだって何だかすごく厄介そうな言い方してたのにさぁ。そんだけの話なの? これ? って。」


 鋭いねぇ、相変わらず。そう、実はそれだけじゃない。それだけだったら、何も厄介なことなんか無いもんね、単に重症オタクが江戸の世に蔓延ったってだけだわ。

 先に解説したよね? この沼女は酷く家康を恨んでいて、この江戸を……今現在の東京に住まう者すべてを呪ってやると言っていたわけだよ。その原因は住処が奪われたから。この東京という土地は、その昔は広大な湿地帯で『』だったわけだからね。この沼女という怪異が、実は物の怪などではない、まったく別の何かを差している、なんていう予測もあったりするんだよねぇ。


「おお、BGM変わりましたっ! いよいよ核心ですか? ドキドキ。」


 

 ところで話は変わるけどさ、


「ちょーっとぉ! BGMが明るいっ! 期待させといてっ! またお預け?」


 まぁまぁ。


 ところでさ、怪異を防ぐには創作怪談にしてしまうのが一番だっていう説、聞いたことない? 沼女ってのは今のところ、正体不明だ。妖怪だという他に、俺が調べたところでは、新たに、自然現象を差しているって話も出てきたからね。


 つまり、沼女の最終目標はこの関東平野を元に戻してしまうこと、沼の底へ逆戻りさせてやろうってことで間違いない。でさ、ちょくちょくこの番組でも取りあげるけど、関東大震災が起きたら……東京は沈没するかも知れない、だったよね?


「やだ、変なトコと繋がった?」


 BGMも切り替わったところでいよいよ本題です。


 怪異というものが本当に力を持つ為には、より多くの人に存在が認知される必要があるんだけどさ。つまり、これは本物の怪異かも知れないと人間側が認識することで、怪異の方はたやすく人間側にコンタクトすることが出来るようになる……つまり、『伝染する』ことで本当に力を得るってコトだよ。


 人類の、無意識下の共通認識っていうものは、それを現実化させうるだけの力を持っているというんだな。多くの人が世界の終末を信じれば、それは本当になってしまう、ていうアレだ。


 そうすると、感染した人間が多くなれば……すなわち、怪異を信じる人間が増えれば、これを否定する者が現れても、その人間に影響されて存在を薄められてしまうってことがなくなるってワケよ。止めようがなくなる、というべきかね。? とか? その為に名前を欲しがる、とさえ言えてしまうわけだよ。


 さらには、名前を付けてしまうことでその正体とはかけ離れたところへ持っていき、それによって更なる被害の拡大を図るということも考えられるんだ。敢えてイメージをズラすことによってね。


 例えば有名な都市伝説に『八尺様』ってのあるだろう? 2008年8月26日に匿名掲示板「2ちゃんねる」オカルト板のスレッド「洒落にならないほど恐い話を集めてみない?196」に投稿された怪談だそうだけど。


 これが実は『沼女』の顕現化を阻止する為に、人為的に撒かれた創作怪談だと言う噂もあるんだよね。相殺を狙って、似通った怪異をでっち上げて印象を薄めてしまおうって狙いだ。共通認識がバラければその無意識の力は弱まるわけだし。


 沼女はさ、登場してくる時に定型とも言える特徴があるんだけど、それがこの八尺様と多くの点で被るんだよ。長身の女性、頭に被り物、封印されている、それと彼女が発する特徴的な言葉である『ポポポ』だね。

 沼女も登場時には『ポツポツポツ』と、水滴の落ちるような音が付きもので、その音は『低くくぐもって聞こえる』って言うんだ。


 どう? 『沼女』が『八尺様』で、顕現化を狙って東北地方からじわじわとこちら関東平野へと、人々の認知を広めるための『怪談感染』を引き起こしていて、それに対抗するための措置が、あちこちで今まさに起こされているとしたら……。

 彼女が関東へ晴れて凱旋を果たした暁には、もしかしたら巨大地震が……!


「そこまで言ったら、ほぼナマズじゃないですか!」


 言うてはいかん言葉を……!



 はい。と言うわけでね、えー、昔から地震は地底の大ナマズが引き起こすのだ、とかって話がね、江戸時代の瓦版にまで描かれていたりするわけなんで、この「沼女」もね、それに関連して、何か地震とかで生み出された怪異かも知れません、てコトで。


 ちょうど時間もいいようだし、本日はこれでお開きです。じゃあ、また来週!



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