第三夜 オフ
「おつかれー。」
ふー。終わり終わり。マイクをオフにすると、スタッフ一同も緊張の糸を緩めたのが解る。カナメ嬢はなんだか難しい顔をしたまましきりと首をひねっているが、また調子でも崩したんだろうかね。
こないだの収録の時だって、普段と変わりなく元気に挨拶して別れてさ、なのに翌日からスケジュールに穴あけたとか言って、マネージャーから連絡来たりするんだぜ? 俺のせいじゃねぇっての。フツーにスタジオ出て帰ったっての。その後で体調崩しただの言って休んだらしいけど、それ俺に言ってこられてもさぁ。なんなのよ。
これで来週またお休みなんてこと言われたら、さすがに温厚な俺でもキレちゃうよ?
「どしたの、カナメちゃん。また肩に何か乗っかった?」
「今日は珍しく何も居ませんでしたよ、珍しく。それより、沼女が八尺様だなんて大ボラ、よく考えつきましたね。」
二回目の「珍しく、」はなんだか強調されていた。まぁ、何が言いたいかは解るんだけどね、非難がましい視線ってヤツですな。信奉者ってのは怖いのよ。
俺は頭の固い方じゃないし、霊ってのを信じてないわけでもないけど、何せ今までそんなのお目に掛かった覚えがないからさ。気のせいとか、妄想とか、なんかそういうのを疑ってみるだけの余裕は残しておきたいわけですよ。信奉者にはクチが裂けても言えないけどね。
お嬢はなんか、今回俺がぶち上げた説に不満があるみたいだけど、なんと言いますか、温度差? カナメ嬢と俺ではオカルトに対する熱意がさ、違うと思うんだよね。
ホンネを言えばさ、沼女だの八尺様だの言われても、すごく遠いというか、実感がないというかでさ。決して、頭から否定したいってわけじゃないんだ、そんな野暮じゃない。だけど、ガチで居ると信じてるってのも何だかな、とか思っちゃうんだよね。
まぁ俺に直接関係がないうちはどっちでもいいというか、誰でもそんなもんじゃないの? 面白ければいいじゃん、別に。てな具合でさ。
このビミョーな心理、なんとかカナメ嬢にも伝わんないもんかねぇ。どうやらガチ勢なんだよな、彼女。リスナーにも、そりゃまぁ色々とね、中にはガチ勢も居るだろうけど、俺のスタンスはこう、もっとユルい感じを目指してるっていうか……、そういうカラーでお願いしたいんだけどなぁ。
重いのはカンベン願いたいんだって。番組ではそんなの求めちゃいないんだよ、って、そろそろガツンと言うべきことを言っておかないといけない時期ですかねぇ。
ちょこっとだけ、姿勢を改めたりなんかして。お嬢の方でもなんか察してくれたみたいな顔付きになった? ような気がする。ちょっとこれから真面目なお話するよ。
「俺としてはさ、徳川幕府に絡んできた辺りでもう、陰謀論の匂いがぷんぷんすると言うか、もう怪談として語るよりは壮大な陰謀とか都市伝説系に仕上げた方がよさそうだと感じたんだよね。その方が面白くなりそうじゃない?」
だからそっち方面で話を合わせて貰えると有り難いです、て。伝われ、俺の思い。
「こいつは俺のモットーでもあるけど、その時々、噂の内容に応じてカテゴリはきっちり分けることにしてるんだ。怪談の方が面白くなるなら怪談に仕立てるし、陰謀論のが良さげならそういう風に持っていく。その方がリスナーも、どう怖がればいいのか解りよいんだし、娯楽ってのはそういう解りやすさが必要だよね?」
内心はともかく、お嬢はこくりと素直っぽく頷いてくれた。解ってくれたってのなら嬉しいんだが、おそらく違うだろうことはこれまでの付き合いで残念ながら解っちゃってる。だから俺は畳みかけるように続けたね。
「そりゃさ、色んな意見とか見解があるのは解るんだ。ガチで聞いてくれてるリスナーとかゲストとかが、そういうのを嫌うこともあるかも知れない、それも解ってる。ヤラセみたいだとか言いたいんだろ? だけど俺は、俺の見解として、ひとつの説として、こういう見方も出来るよね、というところを提示するっていうコンセプトでこの番組をやりたいわけよ。他の見方があるのも解ってる、それを否定するつもりはないんだからさ。」
まぁ、見解の相違ってヤツはコレに限らず色んなトコロに付いて回るもんだから、嬢がお仕事と割り切ってくれるうちは別にいいんだけどさ。ツゥカーで行けない時がちょくちょくあって、今日みたいなのは疲れるってだけ。
「だからさ、お嬢もこの番組内では俺のアシスタントとして席を置いてるんだから、そこは俺の、ていうか、番組のスタンスに合わせて貰わないとさ。ね?」
この疲労感を伝えるに、出来るだけやんわりとした言葉で、出来ればストレートすぎる言葉なんかも使わずにで伝えられたらいいんだけどね。
「ジゴローさん、結論ありきでやってると本当を見失うこともありますよ。」
「信じたことが本当になっていく、それがオカルトだというのが持論だよ、俺は。」
「信じたフリして弄くってると、思わぬしっぺ返しを食らいますよ?」
ガチのヒトはこんな感じっての、この業界が長けりゃだんだん解ってくる。話しても無駄ってことも。見えてる世界が違うと彼らはよく言うけれど、本当にそうなんだろうなと思うよ。頑なに自分の主張を変えることはしないからね。
「八尺様は沼女と関係ありませんよ。」
次はどう切り口を変えて説得を試みようかと頭を悩ませていたんだけど、カナメ嬢がガチ勢らしい脅しの入った口調で断言するもんだから、やる気が失せたわ。
そんな風に返されても、こっちは「ふーん、」としか答えようがないんだよなぁ。
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