第三夜 ゲスト
「あ、そうだ、忘れてた。これ、おばーからジゴローさんにって。」
話が途切れたタイミングでお嬢は急に下を向いて、自分のテーブル下からブサイクな鞄を引っ張り出す。これが本当にブサイクで、焦げ茶というかスモーキーグリーンの薄汚れたのというか、どこでどれだけ拭き掃除に使えばそうなるんだといった色合いのズダ袋なんだが、彼女にとってはお気に入りらしくて、いつも持ってくるんだよね。
君さ、自分がいちおうアイドルやってるって自覚ある? ね?
で、カナメ嬢の、そのブサイクデカ鞄から出てきたのがこれまた、青森土産の定番だとかいうデカリンゴパイ『気になるリンゴ』だったりする。これも定番で毎回コレ。ひとつ覚えのナンタラって感じでコレ。
まるごと一個パイ生地に包んで焼くとかいう豪快なお菓子が化粧箱に入ってて、その箱を鷲掴みした右手を、嬢は俺の前へ突き出している。いや、渡し方がね。
だけど俺はそれを毎回毎回、愛想良く受け取るわけよ。おべんちゃらなんか添えてね。
「あー、これ美味いんだよね。おばーにヨロシク言っといて。」
色々言いたいコトもあるけどぜんぶ内に秘めて、当たり障りないトコロの感想だけ口にする俺。大人じゃん。いや人によっては根性無しと笑うだろうかね。
そんなこんなで受け取った土産品を手早く荷物に含めたならば、さっさと帰り支度を済ませて、席を立った順に、みんなが一緒くたになってぞろぞろとスタジオを後にするワケよ。ほいほい、戸締まりと電源オフの確認は厳重にねー。
そう、俺の番組がシメの放送で、この後は午前六時の早朝番組開始まで放送停止となるわけよ。普段ならもう少しダベり気味でノロノロしてたりもするけど、今夜はお楽しみもあることだしで、かなり巻き気味になっているのは否めないトコロだ。
廊下を突っ切り、スタジオの入った建物を出る。裏口しか開いてない時間帯だからね、俺たちが出たのは表通りの正面玄関じゃなくて薄暗い路地裏だ。その通りにもズラリと夜間営業の灯りが付いているのがさすがの大東京だけど。
「おばぁ、恐山だっけ? 田舎。」
「イタコをしてるわけじゃないですよ。そういう力は強いけど、誰でもなれるわけじゃないんですよ、あの仕事。」
俺はヒラヒラと手を振って、会話をシャットダウンする。うかうか聞いてたらどんどん深みに嵌まっちゃうからね。カナメ嬢はまだ話を続けたかったんだろう、俺に遮られてちょっと顔に不機嫌さが滲んでる。
「大変だったんですからね、前のヤツ。」
不服げな嬢の声。そうは言われても実際、俺はピンピンしてるもんで、言っちゃ悪いが『押しつけがましいな、』なんて感じてしまうだけだ。別に何ともないし、払ってくれとお願いしたわけでもない。ほんとに言っちゃ悪いんだが、一人芝居で大袈裟に騒いでいるようにしか見えないんだよね。
「だって俺、霊感ないからさぁ。そんなツラいなら変わってもいいよ? やりたがってんでしょ、ユノノン。」
「嫌です。あいつ、すぐ、私の仕事取ろうとするんですよ、」
ノロイユノ。
しつこく、しつこく、この番組のレギュラーを代われとカナメ嬢に言い募っているらしきは事務所の方からも要注意事項として伝わっている。グループの不和を招きかねない事態にならぬよう、先回りでスタッフも対策に回っているってコトらしい。
あの子の方がマシかと言えば首を捻らざるを得ないわけだけど、それでも俺だけに妙に馴れ馴れしいこのお嬢よりはマシかも知れない、なんて考えてしまうわけよ。今朝の態度だって、アレが実は気を許した相手に対しての我が儘だって言うんだから、参る。
しかもオカルトな憑きモノ話やら除霊話やら、なんでか俺にばっかり振るんだよね。他のスタッフにだってくっついてそうなもんじゃない? なのに俺ばっかり。いい加減、嫌がらせかな、なんて勘ぐってしまう頻度だ。
さらには、俺のやんわりした苦情にまったく気付かず、挙げ句ぜんぜん明後日の方向に受け止めて会話を繋ぐんだから、やっぱ霊感あるなんて飾りの設定じゃないの? なんて思っても仕方ないでしょ。俺だけしか憑きモノがない、なんてリアリティ以前だろ。
で、それだったらユノノンの方がまだ霊感だのは無いと公言してる分だけ、俺の気苦労は減るんじゃないかなー? なんて? なんてね。そう思っちゃうわけよ。
オカルト女子部というアイドルグループが出来たのは二年前だそうで。ヒキザキカナメとノロイユノ、ダンザイアマネのユニット三人組で、オカルト系地下アイドルだったそうだ。この業界はなんでもありだね。
ソイツを引き揚げたのが、業界最大手のアイドル事務所……の、下請けにあたる事務所ね。ちょっと癖の強いタレントを扱っている、という噂だ。
自称霊感持ち元気少女のヒキザキカナメに、不思議系のんびりさんのノロイユノ、しっかり者委員長のダンザイアマネ。……だ、そうだ。
ユニットにありがちな赤黄青のシンボルカラーは女児アニメの定番でもあり、各自そのキャラに合わせた性格付けをしてるんです、だとか言ってたかな。そういえば。
本当のところがどうとかは、さすがに野暮ってもんだし、いい大人ですからね、聞いたりはしないんですよ。
なんてね。普段はこっちが気を遣っているわけなんだけど、今の彼女はなんだか改まった態度で要注意だ。ヤバい。何がとは言わんが、何だかヤバい。
「あのですね、ジゴローさん。実はおばぁが……」
「おっ、タクシー来た、こっちこっち!」
わざと遮ったのはもちろんそれなりの事情があったからだ。姐さんとこの後落ち合う約束もあることだし、カナメ嬢とはここでお別れしたいってワケですよ。
「その話はまた改めてね。じゃ、また来週ね。気をつけて帰って。」
音も無く開かれたタクシーのドア。急かすようにお嬢を中へ押し込んだ。彼女は最初何か言いたげだったが、すぐに気を改めたかして、早口に後でメールをくれる旨を告げた。
去って行くタクシーを見送って、俺は踵を返す。……なんだか今宵は闇が深いな。なんて思ったりして。
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