第三夜 マキ姐
カナメ嬢のおばぁは昔、恐山のイタコを生業にしていた人だそうで、俺はちょっと苦手だったりする。どうにもインチキ臭いトコロが強いのと、それでいてすぐ煙に巻かれちまうコトとかが、俺をして警戒心を抱かせちまうってワケ。この俺がだよ?
おばぁは前に言ってたことと次会って言うこととが違ってたりしてさ、そのくせ信者と見える人がしょっちゅう隠居所へは出入りしていて、怪しさ満点な人なんだよな。それでも色々な裏側にも通じているようで、俺も何度か相談を持ち込んじゃいるんだけどさ。
見上げるとビルの隙間の狭苦しい夜空が、おばぁの話術みたいに混沌として、雲だか泥だかも判別しない様相で垂れ込めてる。降るぞー、降るぞー、と脅し掛けられているみたいで何だか不愉快だ。
局にいて気付かなかったけど、雨が降ったんだな。路地が濡れてて、月明かりで光ってる。それがなんかいっそうに闇を深く見せる。
表玄関は大通りに面した側にあって明るい。普段の帰宅時はそっちがまだ使えるんだけど、ラストの日に限っては閉められちゃうから、裏口を通ることになるんだよね。
細い路地の奥はどこまでも闇で、ところどころに得体の知れない小さな灯りがポツポツと続いてる。実はそっちへ行ったことがない。俺は反対側へ、大通りの明るい街灯に向かって歩を進めることしかして来なかった。もちろん今日もそうするつもりだ。
とは言え、好奇心がないわけでもない。わざとらしく覗き込んだ先、細い通路は旅人を誘う異界の入り口みたいに奥の方が歪んでいた。
「サンゲくーん、」
振り向いた先、路地の入り口近い街灯の下に影が差した。マキ姐さんだった。
「終わる頃だと思って迎えに来ちゃった。」
姐さんはするりと腕を回して身体を密着させる。完全ホールド状態だ、これでもう俺は逃げられない。逃げる気もないけどね。
でも、路地の奥を眺めていて浮かんだ、ちょっとした冒険心の方は萎んだ。
一度も行ったことがない路地の奥を、二人で探検してみるのも一興かなと思ったんだけどさ。俺がチラチラと路地に目線を飛ばしてることに気付いて、姐さんは口を尖らせた。
「いやぁだ、サンゲくん。まさかこの奥、行きたいとか言わないでよ? 寂れた飲み屋とか昭和のスナックとか、あたしの趣味じゃないんだから。」
「はいはい、お洒落めなバーにクラブですよね、お供しますよ。」
バレたか。ぞんがい勘の鋭い姐さんに、俺はヘラヘラと笑って企みを誤魔化した。寂れた飲み屋も昭和のスナックもくたびれたママも、俺は大好きなんだけどね。
「ねぇ、サンゲくん。あたしが今タレコミしても、特製ステッカーくれる?」
しなだれかかってきた姐さんに、思わず生唾を飲む。
今日の姐さんはなんだか積極的だ。もしかしたらもしかしてだが、イケるんじゃないだろうかと期待してしまう。タレコミだなんて言ってさ、理由をわざわざ付ける辺りが怪しいじゃないですか。ステッカーにしたって、そう。何の変哲もない、お洒落でも流行りでもないアイテムなんか欲しがるのはおかしいでしょ?
だけど一応、探りは入れてみる。
「なんすか? 何かいいネタでも聞いたとか?」
「うん。そのステッカーにまつわる都市伝説があるんだけど、知ってる?」
「え? 知らないスね。」
いや、ほんとに初耳だ。寝耳に水ってヤツで、ふやけた気分はすっ飛んだ。
番組特製ステッカー、そういや最近のリスナーはやけに欲しいって書いてくるんだよな、今さらで気付いたけど。都市伝説のせいだったか。
「君のお祖父さんの前のお祖父さんが残した書籍をコピーしたんでしょ? 偉いお坊さんで、即身成仏した人。でさ、実家の蔵から出てきたその掛け軸の経文を写真に撮って、それをステッカーの下地にしたんだよね?」
よく知ってるなぁ。もしかして隠れリスナーだったりする?
俺の無言をどう捉えたのか、姐さんは勝ち誇ったみたいに鮮やかに笑った。
「番組で言ってたでしょ? サンゲくんは半信半疑みたいだったけど、本当にすごい御利益があるんだって。色々、噂が流れてるのよ。」
「御利益ありそうって言った覚えは確かにありますけど、マジすか?」
「うふふ、ステッカー貰えそうね、その顔だと。メールが来たことにして、匿名ってことでラジオ流してくれていいよ。」
「そういうコトなら、やっぱこんな路上よりはどっかで落ち着いて話しません? 俺、いい店知ってんですよ、一度マキ姐さんを連れてってあげたいなって思ってたトコだし、この機に行ってみます?」
「いいよ。行こ。」
よしっ。イケる! コトによっては、ネタ以外もイケるかも。
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