大奥ミステリー事件簿 -弐- 「天守の怪物」
「さてさて、お嬢。そうこうで江戸城の天守閣は焼け落ちたまんま、再建されることはなかったわけですが。しかもこれ、ずーっとね、立ち入り禁止で誰も登っちゃいけないってことになってたらしいんだわ。許可が要るってね。」
「んでも、この天守跡にあるんでしょ? 怪談話。」
「そうだよ。時は下って11代将軍・家斉の頃だ。この家斉ってのがお盛んでさ、側室40人、さらに50人以上の奥女中に手を付けて、55人もの子供をこさえたっていうね。それで付いた渾名がオットセイ将軍。」
なんでもオットセイの雄のアレを珍宝として、煎じて飲んでたとかいうエピソードまであってだね、テレビ向きじゃないから黙ってなきゃいけないのが悲しいよっ。
「ねぇねぇ、話変えちゃって悪いんだけどさ。江戸城の天守閣って、関東平野で一番大きな龍穴の上に建てたとか聞くけど、それは言わないの?」
まだまだ脱線させる気だね、お嬢。それとも、”掛け軸” 絡みかな?
「徳川家康に江戸城建設を進言した天海僧正だね。この江戸を、巨大な結界の中に落とし込むために色々と手を尽くした人で、そのうちのひとつが江戸城とも言われてるかな。日光東照宮、富士山なんかの、元からある強大なパワースポットの力を関東平野全土に引き込むために、江戸城を築城したって言われてるね。」
元を糺せば、何もない芦原、沼と干潟っていう、本来栄えるはずのないゴリゴリの陰の土地だった関東平野を大改造して、発展が望めるパワーのある土地に改良したという話だもんね。陰気で物の怪の闊歩するようなド田舎だった江戸をさ。負のパワー全開だった土地だぜ。
そもそも江戸は穢土からきてるとさえ言われてたっけな。穢れた土地、巨大な忌み地だったわけだ。もしかして、掛け軸の件もそこに関連してんのかも知れないとかは思ったりしてる。おばぁの言葉も気になるしねぇ。
江戸城がさ、本気で陽の気に満ちた問題の無い土地だったら、こんなに怪談話が残っちゃいねーわな。なにかの罠が隠されてるんじゃないか、と睨んでるよ。
でも今はお仕事、お仕事。
「で、いよいよ本題に入るけど、この当時、大奥の奥女中に、あらしという名の女性がいたそうなんだけど、その人がある日行方不明になってしまった。さては神隠しかと騒がれたが、捜索何日目かには見つかったんだよ。ここ、天守の石垣の下でね。」
コイツは超有名な怪談話で、江戸城にまつわる怪談だと必ず出てくるけどね。オカルト好きなら知らないわけがないってくらいだから、もちろんお嬢も承知だろう。承知の上で、大げさにリアクションを返してくれてる。
「うわー、怪談らしいのが出てきたって感じ! それでさ、いったいぜんたい、なんであらしさんは殺されちゃったの? 誰が殺したのさ?」
「それが解れば怪談話で残ってねぇって。」
掛け合いもバッチリ。
さらに畳みかけるように解説を追加しちゃおう。
「大奥は女の園と言いつつも、いろいろ物騒だからね。男子禁制といえど、特別に入っていいことになってるお留守居役の男性が何人か居たんだよ。田沼意次なんかも留守居役を経験してて、男前だからモテモテだったんだってさ。」
「田沼意次、知ってる知ってる。教科書に出てた! イケメンなの?」
「だったらしいよ。」
めっちゃ脱線したかな。イケメンと聞いてお嬢が入れ食いだし。
ちょっと路線戻さねば。口を開きかけたお嬢に先回りでセリフを被せる。
「で、その男衆が夜まで城内をくまなく探してね、それでも出てこなかった。大声で女中の名前を呼んで、茂みの中まで確認して回ったけども、どこにも見当たらなかったんだって。それがさ、数日後のある夜のことだよ、男衆がこの天守の石垣の傍まで来た時にさ、他と同様にこう呼ばわったんだけどさ。”あらしはおらぬか!”とね。そしたらさ、石垣の上の暗闇から、なにやら野太いしわがれ声が答えたんだってさ、”あらしはここに。”とね。そんで全身を掻き毟られて血まみれという無残な姿になった彼女の遺体が、ドサリと、男衆の目の前に投げ落とされたんだとさ。」
「おお、怖い。それってどこらへん?」
「そこじゃね?」
「ひゃいっ!」
お嬢の足元を指差したら、飛び上がって後ずさったわ。鉄板コントか。
ちょっと大げさだけどもまぁ、あざと可愛いとかっての流行ってるからイイんじゃないでしょうかね。
ホント、怖がるどころか、平気な顔してすぐに立ち直っちゃってさ、お嬢は次のロケポイントである東御苑の方に身体を向けてんだけどもね。怖がるフリだけは達者だよ。
「で、それ以来、この天守の跡地には何か魔物が住み着いているに違いないと噂になって、特に女人は何があろうと登ってはならんとされたそうだよ。」
ていう顛末だったという感じにお話を締めて。ここで、タイミングを計っていたカチンコが鳴って撮影は一旦終了。手早く道具が片付けられて移動の準備が整えられていく。
ところでぜんぜん聞いてないよね、お嬢。心ここにあらず、て感じにキョロキョロと周囲を見回しちゃってるよ。やっぱ”掛け軸”の件で何か言われて来たのかな? おばぁに。
「次はあっちだよね、富士見櫓。関東大震災の時に大破しちゃったけど、その後に修復されたんだっけ? コメント入れた方がいい? 私が言っていいかな、ジゴローさん。」
予測に反してお嬢は天守の石垣にもう興味はないようだった。いや、おばぁから言われてただろ、忘れてんのかよ。
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