大奥ミステリー事件簿 -壱- 「振袖火事」2

 ディレクターがその気ならね、こっちにだって考えがあるんですよ。

 どうなったって知らねーからな。尺取り過ぎとか、後で文句言うなよ。


「振袖怪談の話はだいたい後世に書かれたもんでさ、そこまで詳細が伝わってるわけじゃないんだわ。かなり話が盛られてるとは思うけど、とにかくこの振袖は何かあるなということで、お炊き上げをして浄化しちゃおうとなったわけよ。」


「あ、知ってる知ってる。お経を上げて焚き火の中に放り込んだんだよね。ところが振袖が怒って突風を吹かせてさ、天高く舞い上がるんだよ。愛しいあのお方にひと目逢いたいだけなのに!て。そしてまずお寺を焼いちゃった。折しも三ヶ月ほど雨が降らずに江戸の街はカラカラでさ。火事になりやすかったんだよね。で、火に包まれた振袖はまるで人が着ているかのように見えてさ、寺の本堂の屋根にすっくと立って、叫んだんだよ。江戸中を火の海にしてくれるわ! て?」

「令和版過激だな、おい。」

「えー? 違うの?」


 そっかー。今ってそんなコトになってんだ。

「はい、カットー!」

 ここで焦らしに焦らしまくってくれたADからの合いの手がようやく入った。カンペのスケッチブックには殴り書きみたいな文字が大きく書かれていて、予定変更を告げている。ディレクターからの指示を伝えに別のADが駆け寄ってくるまで、俺たちはその場を一歩も動かず待機だ。次、カメラが回り出したら瞬間移動してるなんて洒落にならないからね。


 杉山Dの指示はこう。ここで振袖怪談の別撮りを挟んで、詳細はミニドラマ形式でやる。尺が怪しいからボツに備えてこのままフィルムを繋げても問題ないように会話続行、と。

 へいへい、ここは採用されることを祈っとくよ。


 では、気を取り直して。えっと、さっきの会話どんなだっけ? お炊き上げで火がついた振袖が寺を焼いた、までだったよな。


「まぁ、だいたい合ってるけどね。娘の怨霊だとかは聞いたことないけど、この火事で江戸の街のなんと七割方が焼け落ちたと言うからね。でさ、その時にこの江戸城の天守も焼けちゃって、なぜかその後、再建はされなかったってわけ。」

「勿体ぶった言い方からして、もしかして、そっちが本題?」


 ピンポーン。大正解。おっと杉山が今度は苦い顔してやがる。これ以上の寄り道は要らんって顔だな。でも振袖火事をやるなら、これもセットなんだよなぁ、俺的には。大丈夫大丈夫、面白い話だから! というわけでスマンね、杉山D。脱線、脱線。


「いや、実はさ、こんな裏話があんのよ。その振袖怪談っていうのがそもそもでね、作為的に作られたもので、幕府の企みをカムフラージュしてたっていうんだ。陰謀論の一種なんだけどね。色々とおかしなことがあったらしくてさ。」

「へー! なになに、それ。初耳!」


 そうでしょう、そうでしょう、俺にとってもとっておきですからね。知る人ぞ知る、密かに有名な話なんだけど、最近の若い子なんかは知らんと思うのよな。振袖怪談自体が令和の世じゃマイナーだとも思うしね。


「実はさ、江戸時代当時には、火事の火元になった家というのは例え武家であってもお取り潰しになるっていうほど厳しい処断をされたもんだったのに、その明暦の大火の火元と言われた寺はなぜかお咎め無しだったんだ。」

「えー? なんで?」


「詳しい資料がほどんど無いから噂の域を出ないとしても、だよ? 江戸の街では密かにこう言われていたんだ。幕府がさ、都市計画のために焼き払ったんじゃないか、とね。時の将軍は折しも、犬公方と呼ばれた徳川綱吉だ。生類憐れみの令だとかで領民からはかなり恨まれていたからね。そこへ持って来て、ワンマンで強引な施策をする将軍だったもんだからさ、江戸の街が野放図に広がってた状況が気に食わなくて、これまた強引に……て、言われたワケよ。江戸は急激に広がったから、その当時の区割りとかはメチャクチャだったらしいんだわ。」


「徳川綱吉って嫌われてたの? 生類憐れみの令って、学校で習ったけど軽く流しただけでさ、あんまり知らないんだよね。すごく幕府の財政を圧迫したって聞いた。」


「綱吉は他にも、気に入らない老中を何度も取り替えたりしてるね。なんせまだ4代目なわけだし、権力はそうとうあったんだよ。で、それまで雑多で無秩序な広がり方をしてた江戸の街を、城下町として整備したかったんだろうって噂が立った頃合いでさ、まるでそれを揉み消すように、振袖火事の噂が広まったんだとさ。そしてこれまた妙なことに、そういうケシカラン風聞ってものもさ、お上は容赦なく取り締まったものだったのに、なぜか今回の噂は捨て置かれたんだそうだ。」


「うわ、なんかキナ臭い。」

「だろぉ~? だからさ、振袖怪談は実は徳川の謀略だったのでは? なんていう研究者もけっこう居るんだよね。」


 さっきから杉山Dがちぎれんばかりに腕をぶん回しまくってるから、このへんでお開きにしようかね。なんせここのメインディッシュは振袖の方じゃなくて、天守の怪物だもんね。ごめん杉山、話戻すわ。


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